問題は、こうした事例がほとんど共有されないことだ。公立学校の教員には守秘義務があるため、児童個人が特定される情報は表に出せない。ニュースになるような事件ならともかく、実際は「ヒヤリハット」レベルの事例がほとんど。教員20年以上のキャリアがある秋山さんだが、「他校でも起きているとは思いますが、実際はわかりません」と話すにとどまる。
「情報モラルの事例は、トラブルが起きてから児童に『自分ならどうすべきか』を考えさせるケースが多いです。しかし、通常学級であってもじっくり議論する余裕はありませんから、特別支援学級はなおさらです。失敗事例を参考に研究したいのですが、文部科学省が紹介するのは成功事例ばかり。いずれも、児童がスムーズにPCを立ち上げて真剣に課題に取り組むことが大前提なので、国立付属小学校には参考になるでしょうが、一般の公立小学校にとってはあまりリアリティがないのです」
実際、ログインできない、パスワードが入力できない、といった初歩的なトラブルも後を絶たない。個々に状況が異なり、全員が対象のページにたどり着くのに20分かかったこともあるそうだ。これが紙の教科書なら、「何ページ開いて」で済んだだろう、と秋山さんは語る。
「子どもたちはデジタルネイティブとはいえ、実はアカウントやクラウドの仕組みは理解していません。パスワードを思い出せなくなった友だちに、親切心で自分のパスワードを教え、データを上書きされそうになった子もいました。自撮り写真や、ふざけて盗撮した先生や友だちの写真が、すべてドライブにアップロードされ、条件次第で誰からもアクセスできてしまうリスクがあることも理解していないでしょう。国や自治体、学校、メディアなどには、失敗事例や対処方法なども共有してほしいです」
“半わかり”のままICT教育を進めてしまう危険性
長年情報主任を務めてきたこともあり、秋山さんはICT教育自体には前向きだが、「負の部分も大きいのではないか」とも語る。
「例えば、音声入力。筆記が苦手な子や視覚障害のある子には重要な機能ですが、少し頑張れば書けたような子は、音声入力に頼ることでその機会を失ってしまうとも考えられます。早々に支援してしまってよいものか、少し難しいところです。日々の連絡帳も、Classroomを使えば簡単に作れてしまいますが、日々の手書きの習慣がなくなることで、筋力などに影響はないのだろうか、などと考えることもあります。もちろん、これは誰にもわからないことですが……。また、デジタルドリルで漢字をなぞるときは、付属のペンや人差し指が想定されていると思いますが、実際は、画面を両手でつかんで親指でなぞる子が多くなっています」
特別支援学級と通常学級の「交流及び共同学習」でも、タイピング操作が追いつかず授業についていけないケースがあるという。ICTよって多様な子どもたちを誰一人取り残さない教育を目指したはずが、むしろ格差が生まれている実態にも目を向けなければならない。
「設備や人が足りない、というのが実感です。テレビや電子黒板もだいぶ古くなっていますが、ICT関連はほぼ情報主任1人に委ねられています。専門家でもないのにICT機器やデジタル教材の導入を任され、失敗すれば責任を負わされるのはあまりに酷です。導入をライトに検討する段階や、クラウドの操作や共有範囲を確かめる際、学校の代表アドレスを使うわけにはいかず、個人のアドレスでテストすることも正直あります。しかし、一歩間違えればトラブルになりかねないと、不安は絶えません。多くの教員が“半わかり”のまま綱渡り状態で運用していると思うのです」