2万人が殺到!「基礎学力テスト型」推薦入試にニーズあり
東洋大学が新しく始めた学校推薦型選抜「学校推薦入試・基礎学力テスト型」が議論を呼んでいます。面接や小論文などは実施せず、試験科目は学力テストのみ。高校の調査書および学校長推薦書は必要ですが、他大学と併願も可能です。
結果として、600人弱の募集定員に対して2万人弱の志願者が集まる人気ぶり。大東文化大学も、今回から同様の入試を始めました。
2024年度の大学入学者を見ると、私大入学者の40.3%が学校推薦型選抜、19.0%が総合型選抜での入学者と、いわゆる年内入試での合格者が過半数を占めています。早くに進路を決めたいというニーズが受験生の側にあるのは間違いありません。
ですが年内入試は、面接や志望理由書などに向けた特別な指導が必要になるなど、高校側にとっては負担の大きいもの。早期に合格を決めた生徒が日々の学習をおろそかにしてしまうことも、高校教員が心配する点です。東洋大学の新入試が人気を博しているのも、こうしたニーズをうまく汲み取る設計だからなのでしょう。
現行の入試ルールに反している?反していない?
一方で、「大学入試のルール違反なのでは」という声も上がっています。入試において学力試験を行う場合は「2月1日から3月25日まで」の間に行うよう、文科省「令和7年度大学入学者選抜実施要項」は求めています。
これは大学や高校の関係団体が参加する大学入学者選抜協議会によってまとめられ、文部科学省によって公表されているルール。学力試験の早期化が進むと受験生の側がその対策に追われることになり、高校教育に好ましくない影響を及ぼしかねない、という懸念が背景にはあります。
実際には、学校推薦型や総合型の選抜でも、進学後の基礎学力の検査はしばしば行われています。大学教育を受けるために必要な知識・技能などを評価するため、大学入学共通テストや各教科・科目に係るテストなども活用するようにと、大学入学者選抜実施要項にも記載されています。
ただ、その場合も、高校での成績や実績、あるいはプレゼンや面接等なども含めた総合的な評価の1つとして学力検査を位置づけるケースがほとんど。今回の新入試では、学力検査しか行われませんので、実質的に一般選抜の前倒しではないか、という点が論点になっているわけです。
関西の私大でも慣習的に行われていたのに…
文科省も東洋大学、大東文化大学に対して要項順守を求めるよう指導したようですが、両大学は反発しています。
実のところ、関西の私大などでは、同様の入試が以前より慣習的に行われていました。それらを黙認してきたのになぜウチだけが、と両大学が不満を抱くのは当然でしょう。
報道によれば、文科省は今後、関西の大学にも実施要項に定めた試験期日を守るよう要請するとのことですが、これは両大学への誠実な回答とは言えません。東洋大学のような大規模私大が実施すると影響が大きいから、高校側からの批判が多く寄せられたから、というあたりが実情かと想像するのですが、いずれにしても大学によって対応を変えるというのは、教育行政機関としては危うい姿勢に思えます。
ただ、今回のような入試をこれ以上広げるべきではない、という意見にも一理あります。例えば、両大学は「学力テストだけでなく、校長の推薦書や調査書も見て判定している」「高校教育に影響が出ないよう出題範囲やレベルを考慮しており、特別な対応は必要ではない」といった主張をされているようです。
ですが東洋大学の場合、2万人近い受験生から600人の募集定員に対する合格者を選抜するわけで、その合否を決めるために推薦書や調査書をどの程度活用しているのかが、高校側が気にしている点であるはず。
実質的に、ほとんど学力テストのスコアだけで合否の線引きをしているのだとしたら、高校側は「特別な対応は不要」とは思えないでしょう。志願者を限定しただけの一般選抜だ、という見方が出るのも無理はありません。このあたりは大学側の説明も少々不足しているように思います。
高校側、大学側にそれぞれ言い分があります。生き残りを賭けた学生募集戦略や日々の授業への影響など、お互いに譲れない事情もあるのでしょう。
得点だけの年明け入試と、学力軽視の年内入試のままでよいのか
今回は文科省も含めた各ステークホルダーが大学入試のルールを参照しながら、これは学力テストだけだから一般選抜だ、いや書類も見ているから学校推薦型だと主張をぶつけ合っているわけですが、この議論自体がやや不毛であるようにも思えます。学生の成長が置き去りにされていないでしょうか。
18歳人口の減少が続く今、大学関係者の間では、数に頼らずに質を確保するための入試や高大接続のあり方が議論されています。どのような入試であれば、進学後に伸びる学生を正しく評価できるのか。進学後の追跡調査を行いながら、あるべき入試の姿が検討されています。
膨大な字数の志望理由書や、正解が一つではない問いなど、高校側からすれば指導に困るような入試もありますが、大学側からすれば「この入試で高い評価を得る学生ほど本学で大きく伸びる」という考えがあるわけです。
東洋大学では、経済学部で数学必須の入試を実施しています。「文系なのに数学なんて」と敬遠する受験生も多いかと思いますが、経済学を学ぶために数学は極めて大切だからと、同大はこの入試に力を入れています。これもまた、進学後の学生の学びを考えての方針でしょう。
すなわち、こうした入試の議論を突き詰めていくと、どのような学問領域でも「基礎学力も大事だが、意欲や資質も大事」のように、複数の要素が大切だという結論に辿り着くことが多いのです。
現在は知識・技能、思考力・判断力・表現力、 主体性・多様性・協働性を合わせて「学力の三要素」と呼びますが、まさにこれら各要素に一定の意味があるということですね。もちろん学問によっても、また学生それぞれにおいてもバラツキはあって然るべきですが、「いずれか1つだけがあれば、ほかの要素は不要」というケースは稀です。
そう考えると、私大入学者の過半数が年内入試で進学している現状と「学力試験を行う場合は2月から」というルールは、必ずしも学生によい結果をもたらしていないように思えます。今回の東洋大学、大東文化大学を巡る議論の大元にこの入試ルールがあるわけですが、現状の仕組みは必ずしも、学生達にとってベストではないのではないでしょうか。
高校側には、高校での学びの積み上げをきちんと評価してくれる入試であってほしい、という思いが強くあると思いますが、年内入試で基礎学力が軽視されてしまう現状は、高校側にとっても望ましい形ではないはずです。
とくに年内入試については、その必要性や望ましいあり方を、高大の間で改めて議論するべきと私は思います。学生確保や指導の都合ももちろん大切ですが、入試は学生のために行われるもの。学生たちを後悔させないような施策を望みます。
(注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)