アセモグルの弟子が解説、24年ノーベル経済学賞 世界の所得格差と社会制度の関係を示した3氏が受賞

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本稿では、授賞理由に挙げられた3氏の研究内容とその貢献を解説したい。キーワードは、「所得格差」「社会制度」「包摂的」「収奪的」だ。

彼らの研究課題は、「なぜ世界には豊かな国と貧しい国があるのか?」である。現在、世界で最も豊かな20%の国々と最も貧しい20%の国々とを比べれば、1人当たりGDPにして約30倍の格差がある。この所得格差は、程度の違いはあれども歴史上つねに存在してきた。アジェムオール教授らは、社会制度の違いが所得格差を説明するうえで重要だという仮説を、データを用いて実証した。

《ケーススタディ》2つのノガレス

彼らの研究は事例豊富だ。ここでは、米国とメキシコの国境に位置する「ノガレス」という同名の2つの街についての研究を取り上げたい。

フェンスを挟んで北側は米国・アリゾナ州、南側はメキシコ・ソノラ州に属している。米国のノガレスでは、住民は比較的裕福で、平均寿命は長く、ほとんどの子どもが高校を卒業する。財産権が保護され、住民は自由選挙を通じて政治家を交代させることができる。

一方、メキシコのノガレス住民は、メキシコ国内では比較的裕福だがフェンスの北側の住民と比べればはるかに貧しい。組織犯罪が横行するためビジネスはリスクを伴い、腐敗した政治家を交代させるのも困難である。

もともとは共にメキシコの一部で地理的にも文化的にもほぼ同じだった2つの街が、なぜ今ではこれほどまでに異なる生活環境にあるのか。アジェムオール教授らは、社会制度の違い、とくにその社会制度が「収奪的」か「包摂的」かが重要であると主張した。

ここでいう「収奪的」な社会制度とは、法の支配(例えば私有財産権の保障)が確立されず、市民の自由な経済活動が妨げられるような政治経済のあり方を想定している。反対に「包摂的」な社会制度は、民主主義のもとで市民が自由な経済活動を営むことのできる政治経済のあり方を想定している。

北側のノガレス住民は、米国の「包摂的」な社会制度下で、充実した教育、職業選択の自由、私有財産権の保障、そのほか広範な政治的権利を享受して豊かに暮らしている。一方、南側のノガレスでは、メキシコの民主化以降は改善が見られつつも、かつての植民国スペインの「収奪的」な社会制度の影響が色濃く、住民の生活は北側と比べて恵まれたものではない。

制度と格差の因果関係

ノガレスという分断された2つの街のストーリーが特別な個別事例というのではなく、植民地時代に起源を持つ社会制度が現在の国家間の所得格差を説明する重要な要因であることを、アジェムオール教授らの研究は示した。

ただし、この因果関係を実証するのは非常に困難だ。まず、豊かな国と貧しい国は、社会制度のみにおいて異なるわけではなく、気候や病気などの地理的条件、宗教や価値観などの文化的条件も異なる。さらには、より豊かな国がより望ましい社会制度を採用するという逆の因果関係も考えられる。

そこで彼らは欧州諸国の植民地に着目。ユニークな分析から、次のようなことがわかった。

①植民地特有の疫病は入植者の死亡率を高め入植率を下げる。

②入植率の低い植民地は本国の搾取対象となり、より「収奪的」な社会制度が採用される。一方、入植率の高い植民地は本国の人々にとって移住先となるため、より「包摂的」な社会制度が採用される。両者の差は今も残っている。

③入植者の死亡率が低いことで「包摂的」な社会制度が採用された国の現在の1人当たり所得は、そうでない国に比べて高い。

このように複雑な要因が重なる実証研究には困難が伴い、彼らの研究は「大問題作」として論争を巻き起こした。

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