変貌した経済学をノーベル賞は引き戻すのか? 2023年ノーベル経済学賞に見出す希望(前編)

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2023年のノーベル経済学賞は、労働市場の男女格差に改めて目が向くきっかけとなったが、もう一つの側面として、経済学の研究方法についても考える機会とするよう提起するのが神林龍・武蔵大学教授だ。

2023年ノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディン氏
ノーベル博物館のカフェのイスには歴代の受賞者のサインがある(2023年12月6日、クラウディア・ゴールディン氏 写真:TT News Agency/アフロ)

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ノーベル経済学賞は、経済学の潮流を反映すると同時に、授賞選定が経済学の動向に影響を与えてきた。2023年のクラウディア・ゴールディン氏受賞はどのような意味を持つのだろうか。
労働経済学者の神林龍・武蔵大学教授は、「ここ数年の授賞では因果関係を重視する経済学の傾向にお墨付きを与えてきたノーベル賞が、今回は揺り戻しを表出させたと捉えたい」という。その理由と背景を聞いた。前後編にわたってお届けする。

――2023年のノーベル経済学賞がゴールディン氏と聞いて、どう思いましたか。

驚きました。というのも、ゴールディンが受賞する可能性は2021年に「消えた」と思っていたからです。

労働経済学の分野にノーベル賞が与えられるとすると、エドワード・ラジアー(注1)が亡くなった後、ゴールディンが最有力候補だと思っていました。

ところが、2021年にデビッド・カードら3人が、データから因果関係を推定する因果推論(注2)の手法を経済学に導入した功績で受賞したことで、ゴールディンのような研究手法は過去のものになっていくのかな、と残念に思ったことを覚えています。

(注1)エドワード・ラジアー(1948-2020) 人事制度や雇用関係を解明する「人事経済学」を確立。年功型賃金の合理性についても理論化した。
参考記事:人事経済学で解明する企業内の男女間格差

 

(注2)因果推論 原因と結果の関係を、データをもとに示す枠組み。すでに起こった事象のデータから、統計的に他の要因を取り除いて分析する自然実験の手法を洗練させたのがカードら2021年の受賞者。
参考記事:21年ノーベル経済学賞は自然実験と因果関係に着目

ジグソーパズルのピースをぴったり合わせるか、置くか

――ゴールディンの研究手法とは、どのようなものですか。

神林龍
神林 龍(かんばやし・りょう)/武蔵大学教授。1972年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。専門は労働経済学。一橋大学教授などを経て2023年から現職。著書に『正規の世界・非正規の世界』(筆者撮影)

事実を先行させて、ラフに大きなマップを描く。精緻に分析することは後手に回り、多少ラフではありますが、経済成長や経済発展の全体的なメカニズムを明らかにします。

そういう研究スタイルは自分のものとも一致しますし、経済学の研究の幅を広げる上では必要なスタイルだと思っています。

デビッド・カードは逆です。ビックピクチャーは描きません。マーケットメカニズムの一部分を精緻に分析する。労働市場のあらゆるトピックを取り上げる巨人ですが、労働市場全体のメカニズムは論文ではほとんど触れません。

――ジグソーパズルにたとえると、デビッド・カードはピースとピースをはめ合わせるような感じでしょうか。

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