経済学は「因果推論一本やり」で社会に役立つか? 2023年ノーベル経済学賞に見出す希望(後編)

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2023年のノーベル経済学賞は、労働市場の男女格差に改めて目が向くきっかけとなったが、もう一つの側面として、経済学の研究方法についても考える機会とするよう提起するのが神林龍・武蔵大学教授だ。

ノーベル賞授賞式
ノーベル賞の授賞式に勢ぞろいした各分野の受賞者たち(2023年12月10日、ストックホルム。右端が経済学賞のクラウディア・ゴールディン氏。写真:Abaca/アフロ)

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ノーベル経済学賞は、経済学の潮流を反映すると同時に、授賞選定が経済学の動向に影響を与えてきた。2023年のクラウディア・ゴールディン氏受賞はどのような意味を持つのだろうか。
労働経済学者の神林龍・武蔵大学教授は、「ここ数年の授賞では因果関係を重視する経済学の傾向にお墨付きを与えてきたノーベル賞が、今回は揺り戻しを表出させたと捉えたい」という。
インタビュー前編では、2年前のノーベル賞を機に経済学は因果推論の厳密さを追い求める傾向にあると指摘し、「ゴールディンの論文を今、完全に著者がわからない形で学術誌に投稿したら不採用になる可能性はかなり高い」とも語った。
後編ではEBPM(Evidence Based Policy Making、客観的な証拠=エビデンスに基づく政策立案)にまつわる根本的な問題に話が及んだ。

――ゴールディンが男女格差の変遷を200年以上の長期で描き出したような経済史の分野では、精緻さが足りなくても仕方がない、とはならないのですか。

本来、経済史はそのようなスタンスであるべきだと自分は思いますが、経済史研究は今、因果推論(注)に染まりつつあります。たまたま歴史的事象に自然実験(注)とみなせるデータがあったので因果推論を応用した、という研究スタイルです。

(注)因果推論・自然実験 原因と結果の関係を、データをもとに示す枠組み。その手法として、すでに起こった事象のデータから、統計的に他の要因を取り除いて分析するのが自然実験。ランダム化比較実験(RCT)はすなわち介入の有無を無作為に振り分けて成果を比べる。

――ゴールディン受賞は、経済史分野に関係する久々のノーベル賞でもあり、経済史の重要性が再認識されるのでは。

経済史という研究分野が重要不可欠なのは、それは自然実験の宝庫だからでしょうか。むしろ「なぜそんな自然実験ともとれる事象がそのときその場所で起きたのか」を深堀りしてこその歴史研究なのではないか、と古い世代の研究者としては考えてしまいます。

やはり経済史は、「社会はどのように発展するのか、何を持って発展と捉えるのか」という社会科学的な議論を構築するうえで有用なものとしてあるのではないでしょうか。

このままではこういう意味での経済史が、経済学研究から消えてしまう可能性もあると危惧しています。

岐路に立つ経済学

――今回のノーベル賞受賞は、ゴールディンのような研究手法が見直されるきっかけとなりますか。

神林龍武蔵大教授
神林 龍(かんばやし・りょう)/武蔵大学教授。1972年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。専門は労働経済学。一橋大学教授などを経て2023年から現職。著書に『正規の世界・非正規の世界』(筆者撮影)

願望としてはそう思います。でも事実としては厳しい。

ノーベル賞を受賞するのは通常、経済学者であれば誰でも知っている研究者です。でも、ゴールディンのことは、確かに全米経済学会の会長でしたが、ジェンダーに関心がなければ、若い世代の経済学者はよく知らないのではないでしょうか。

男女格差については、ゴールディンの受賞をきっかけに、現実社会でかなり動きが起きると思います。といいますか、起こってほしい。男女格差は仕方がない、というこれまでの発想は消えてなくなり、基本は不合理なものだという考えが広がっていってほしいと思います。

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