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相川七瀬「私が長いトンネルを抜け出たきっかけ」 「あらゆる面で自分の未来を見失っていた」

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  • 芳麗 コラムニスト
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――1998年は、相川さんがイギリスに短期留学して神道に出会った年でもありますね。(詳細は前編

苦しかったから、この先どうしていったらよいのかを模索していたんでしょうね。

26歳で出産。「相川七瀬は終わったね」と言われて。

――そんな中、26歳の時にご結婚され、初めての出産を経験されました。私は相川さんと同世代ですが、晩婚化が進んだ世代。20代半ばの結婚と出産はわりと早い決断だなと。迷いはなかったですか?

迷いました。でもあの時、迷いながらも「一生、自分は歌手ではないかもしれない」と思ったんです。歌手じゃなくなっても私は私の人生をこれから生きていく。それならば、人間としての自分を支える選択をしたいと思いました。しかし、キャリアを続けていく上での新たな葛藤が始まりました。

――新たな葛藤とは?

生活環境が変わり、今までの自分ではないのに、それまで通りの相川七瀬として仕事をしようとしていました。まだ20代後半。同期のアーティストたちはまだまだテレビに出て、活躍し活動の場を海外に広げたりしている中焦りました。

みんながキャリアを高める中で、私だけ取り残されていくような気がして。自分で選択したことなのに、社会と自分との関係性が絶たれてしまうような感覚もあって悶々としていました。

――子育てによってキャリアの転換をした女性の多くが抱く葛藤です。

20代後半は、このまま仕事を続けていくべきなのか、もう辞めた方がいいのか悩み続けていました。現場でも、「相川さんはもう終わりだよね」と悪気ない口調で、言われたこともありました。

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