必死で勉強してたどり着いた結論「ああ、無理なんだ」
もちろん虐待のことは校内で共有し、校長やスクールソーシャルワーカーとも連携して、学校は可能な限りの措置を講じた。藤田さんは校長に「自分にはもうできない」と辞意を伝えたが、「あなたが辞めたらこの子どもは終わる。もう少し踏ん張ってほしい」と引き止められた。子どもが暴れたら教室から締め出していいとも言われた。
だが藤田さんは、そうはしないと決めた。「教員を続けるのなら、子どもに対して『君を引き受ける』『こちらはあきらめない』というメッセージを送りたかった」からだ。
「今振り返れば、やるべきことはやったと思うし、一定の評価をしてくれる人もいました。子どもの表情も少しずつ柔らかくなって、最後は彼を中学校の先生に引き渡すところまでやり切りました。でも表面的には教室はずっと荒れ続けていて、当時は本当につらかった。客観的にクラスを見ることなんてできませんでした」
子どもの虐待を知ったとき、藤田さんは専門書を読み漁り、研究者に直接会いに行き、教員がこの問題に立ち向かう方法を探した。その結果、さまざまな知見を得た。例えば、教員の2次受傷についてだ。
「被虐待児の感情を追体験した場合、とても強いストレスを受けるのは大人でも避けようがないことです。さほどの心の準備もない状態で衝撃的な告白をされ、自分がショックを受けたのは仕方ないことなのだと理解しました」
また、教員が加害者になりかねない危険性があることもわかった。暴力的な環境にいる子どもは、さらなる暴力を自ら呼び込んでしまうことがあるという。
「愛着形成に問題がある子どもは、あえて大人の怒りを煽るように振る舞うことも少なくありません。高学年にもなれば、どんな言動が教員の逆鱗に触れるかもわかっている。挑発に耐えかねて手を上げてしまう人がいてもおかしくないと思いました。教員はつねに、自分がこうしたリスクの中にいると認識すべきです」
だが、藤田さんがたどり着いた結論は、あまりにも虚しいものだった。
「必死で勉強して思ったのです――『ああ、これを教員が解決するのは無理なんだ』と。もし誰かが解決法を知っているなら、日々報道される虐待の事件もなくなるはずですよね。これは誰も打つ手を持たない社会的な問題であり、教員や学校だけで扱えるものではないのです」
子ども家庭庁の調査(「令和4年度 児童相談所における児童虐待相談対応件数(速報値)」)によれば、2022年度中に全国の児童相談所が対応した相談件数は22万件に迫り、過去最高となった。
公立の学校は地域福祉の拠点としての側面もあり、こうした問題を見つけ、防ぐことも求められている。文部科学省でも虐待対応の手引きを用意しているが、藤田さんを精神的に支えるに足るものではなかったようだ。年度が変わって違うクラスを受け持っても、心の傷はなかなか癒えなかったと言う。
真摯な先生ほどダメージ受ける「自分を責めないで」
子どもと向き合う苦しみに苛まれ、力量が足りないのではないかと自分を責め、教員が辞めてしまうところまでが「虐待のメカニズム」だと藤田さんは語る。だからこそ「ここで自分が辞めても、次の先生が辞めるだけだ」と思い、歯を食いしばって耐えたのだ。