ラッコが「愛情表現」で血まみれになる納得の理由 最初は「鼻でつつく」など平和的に始まるが…

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オスがメスに嚙みつく一番の理由は、交尾のときの体勢を安定させるためと考えられている。ラッコの交尾は不安定な海上で行われるため、オスはメスの動きをコントロールして確実に交尾を完遂したいのだ。

(イラスト:芦野公平)

また、交尾中であっても、オスもメスも呼吸する必要がある。そこで、オスは鼻を嚙むことでメスの頭部を海面上に固定し、お互いの呼吸を確保するという独特の方法を生み出したという見方が支持されている。

しかし、鼻というセンシティブな部位を嚙むとは、お主なかなかわかっておるのぅ、と時代劇なら越後屋さんに褒められるであろう。ウシの鼻輪(鼻環)も同様なのだが、鼻を押さえられると無条件に抵抗できずにおとなしくなる動物は多い。

ネコ科動物を運ぶときに首根っこをつかんだり、ウマにハミ(馬銜)を施すのも、そうした動物の急所を活用して不動化する手段である。海上という不安定な場で確実に交尾を行うために、オスがメスの鼻を押さえて動きを封じることは理にかなっている。

とはいえ、ラッコの場合かなり強い力で嚙んでいるようで、メスの顔が血まみれになったり、傷跡が残る場合も少なくない。場合によっては、その傷が原因でエサを食べられなくなったり、感染症で死亡することもあるというから、おだやかではない。

ラッコというと、一般に可愛いイメージが先行する。確かに、おなかで貝を割って食べたり、顔の毛づくろいをしたり、おなかに子どもを乗せて泳いでいる姿は「可愛い〜」の一言に尽きる。しかし、ラッコはイタチ科の哺乳類であり、体長は100〜130センチメートルと意外に大きい。イヌにたとえるならシェパードくらいの体格である。力も強く、ラッコにとってはじゃれついているつもりでも、水族館の飼育員さんが水槽に引きずり込まれそうになったという話もよく耳にする。発情期にはとくに気性も荒くなる。

日本で野生のラッコが見られるように…

今最も心配されているのは、日本の水族館からラッコが消えてしまうのではないかということだ。1980年代にアラスカから鳥羽水族館に初めて4頭のラッコがやってきて、90年代の最盛期には国内に122頭もいたラッコが、現在はわずか3頭にまで減ってしまった。そのうち1頭は高齢で、残り2頭は同じ母親から生まれた姉弟であることから、このままでは日本の水族館でラッコを目にすることはできなくなる。

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一方で、嬉しい知らせもある。野生のラッコは北太平洋の北米から千島列島沿岸に主に生息しているが、近年では、北海道東部の沿岸で野生のラッコの生息が改めて確認されるようになった。以前は日本沿岸にも多くのラッコが生息していたのだが、毛皮を目当てに乱獲された結果、姿を消してしまっていたのだ。

しかしここ最近、個体数が回復し、日本周辺にも来遊するようになったようである。

さらに、母子連れも確認されているということなので、日本で野生のラッコが普通に見られるような、多様性のある海が戻ってほしいと願わずにはいられない。

田島 木綿子 獣医師、国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹、筑波大学大学院生命環境科学研究科准教授、日本獣医生命科学大学獣医学部客員教授、博士(獣医学)

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たじま ゆうこ / Yuko Tajima

1971年生まれ。日本獣医生命科学大学(旧日本獣医畜産大学)獣医学科卒業。学部時代にカナダのバンクーバーで出合った野生のオルカ(シャチ)に魅了され、海の哺乳類の研究者として生きていくと心に決める。東京大学大学院農学生命科学研究科にて博士号取得後、同研究科の特定研究員を経て、2005 年からアメリカのMarine Mammal Commission の招聘研究員としてテキサス大学医学部とThe Marine Mammal Center に在籍。
2006 年に国立科学博物館動物研究部支援研究員を経て、現職に至る。海の哺乳類のストランディング個体の解剖調査や博物館の標本化作業で日本中を飛び回っている。本書では獣医学の知見を活かして海と陸の哺乳類を対象に繁殖戦略を語り尽くす。著書に『海獣学者、クジラを解剖する。』(山と溪谷社)ほか。

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