だが、そういう説明をしてくれなかったロン毛の先輩が不親切だというわけではない。コメンテーターという意味では彼のほうが親切だ。多くの人々は、本当の理由よりも、納得できそうな小難しい説明を求めている。
「自分の言葉で深く考える」ことの大切さ
拙著『きみのお金は誰のため』でも、投資銀行で働く七海が皮肉混じりにこんなことを言っている。
「私も実感しています。そういうお客さんになめられないように、あえて難しい言葉を使うことがあります」
「なめられないように……ですか?」
そこに込められた、ただならぬ感情が、優斗にも伝わってきた。
「そうよ。私みたいな若い女性って、日本のお客さんには軽くみられちゃうのよね。だから、株価上昇の理由とか聞かれたら、『グローバルな過剰流動性相場』とか、わざと難しい言い回しで答えるの」
「僕には全然わかんないですけど」
優斗は頭をかいた。
「それでいいのよ。難しい単語を覚えただけで、多くの大人は満足するのよ。今の説明って、『世界でお金が余っているからです』と言っているだけなのにね」
『きみのお金は誰のため』38ページより
この七海のコメントに対して、小説の中で経済のしくみについて教えてくれる先生役の大富豪はこのように切り返している。
「彼らは、難しい単語が知恵の実とでも思っているんやろな。過剰流動性という言葉を覚えれば理解した気になる。せやけど、知恵の実を食べて賢くなるわけやない。知恵は育てるもんや。重要なのは、自分で調べて、自分の言葉で深く考えることやで」
『きみのお金は誰のため』39ページより
経済の専門家の言葉を鵜呑みにするのではなく、それが人々の暮らしや行動にどのように影響しているのかを考えると、市場の動きだけでなく社会の動きも見えてくる。
自分がお金を投資する際にも、同じことが言える。
「投資にお金が流れれば、株価が上昇して、我々の生活が豊かになる」と声高に叫ぶ人がいるが、株価がどのように影響しているかを考えないといけない。投資マネーが増えても、このままだと生活が豊かにならない理由は、次回お話しする。
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田内 学
お金の向こう研究所代表・社会的金融教育家
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たうち・まなぶ / Manabu Tauchi
お金の向こう研究所代表・社会的金融教育家。2003年ゴールドマン・サックス証券入社。日本国債、円金利デリバティブなどの取引に従事。19年に退職後、執筆活動を始める。
著書に「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」総合グランプリとリベラルアーツ部門賞をダブル受賞した『きみのお金は誰のため』のほか、『お金のむこうに人がいる』、高校の社会科教科書『公共』(共著)などがある。
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