原爆はこうして広島・長崎に投下された

物理学者は、いかに世界を恐怖へと導いたか

時は第二次世界大戦前夜、ナチスがヨーロッパの脅威となっていたころだ。

まったく予想外の発見からスクラッチでのスタートであったため、当然、ドイツが先に新型爆弾の開発に成功する可能性もある。それだけは何としても避けたい連合国側。

最終的には、マンハッタン計画により米国が原子爆弾の作成に成功する。完成の見込みがついたのは、ドイツの敗北がほぼ確定した段階であったから、当初の目的からいえば、ナチスの全面降伏をうけて、開発を中止してもよかったはずだ。しかし、米国の思惑がそれを妨げる。終戦後、ソ連に対して抑止力として原子爆弾をちらつかせるため、そして、本土上陸作戦をとらずに日本を降伏させるため。そして、広島・長崎に投下され、終戦。

そしてソ連も原爆を完成させる

ソ連はスパイを通じて原爆開発の情報を探る。その情報により、大戦後、米国の予想よりもはるかに早い時期に原爆を完成させる。次に待ち受けていたのは、より強力な水爆の開発、ベルリン封鎖やキューバ危機における核兵器使用の危機。どれだけダイナミックなストーリーか。

英米が、ドイツにおける核兵器開発をそれほど恐れたのには理由がある。ひとつは、ヒトラーが手に入れれば、躊躇なくそのような強力な破壊兵器を使用するだろうということ。もうひとつは、不確定性原理で知られるドイツの理論物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクの存在。ニールス・ボーアは、本人との会話から、『ハイゼンベルクは、ヒトラーの兵器庫に原子爆弾を届けるために邁進している』と確信する。

理論物理学の世界に文字通り君臨していたボーアの判断は、連合国側に大きな影響を与えた。しかし、実際には、ハイゼンベルクは、核兵器の開発は極めて困難であり、本格的に着手するつもりはなかった。ユダヤ人でありながらナチスに協力したハイゼンベルクは『戦争を物理学に利用する』ことしか頭になかったのである。

後年、米国が原子爆弾を開発して実際に使用したことを知ったハイゼンベルクは驚愕する。見積もりが甘かったのだ。しかし、そうとは語らない。ドイツの理論物理学者たちは、良心に従ったがために核兵器の開発には着手しなかったのだと述懐する。結局のところ、見通しが甘かっただけなのか、良心に従ったのか、わからないままである。記憶あるいは記録というのはそういったものだろう。

連合国側の最重要な物理学者は、米国の原子爆弾開発計画であるマンハッタン計画を率いたロバート・オッペンハイマーだろう。しかし、レオ・シラードも忘れてはならない。シラードはナチスに恨みを抱くユダヤ系ハンガリー人だ。ナチスが原爆を開発したらとんでもないことになると、アインシュタインとともに、1939年、合衆国大統領ルーズベルトに原爆開発を進言した。この行動はルーズベルトを大きく動かした。

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