偏差値40台から筑波大も、大学進学率10%上げた都立王子総合高校の探究学習 見逃したくない「生徒が最も成長するとき」とは
技術者も大学生も、「遠い存在」ではないと気がついた
2022年度の2学期、王子総合高校の2年生は、経済産業省が主催する「未来の教室」実証事業に参加。大手電機メーカーのシャープと、民放テレビ局であるTBSと共に総合的な探究の時間に取り組んだ。
「高校生が今感じている課題と、その解決法を考えて動画でプレゼンテーションするというシャープとのプロジェクトでは、現役の技術者の方がオンラインで話を聞かせてくれました。社会で活躍する大人のリアルな姿に触れられたのは貴重な経験でした。特別だと思っていた技術者の方が、決して『キラキラした遠い人』ではないということに、生徒たちは気づくことができたようです」
さらに、生徒の動画によるプレゼン発表では、望月氏もうなることがあった。
「お風呂を自動で洗うシステムの開発を提案した班があったのですが、正直、それって誰でも思いつきそうなアイデアですよね。私は『もっと独創的なほうが面白いんじゃない?』というようなことを言ってしまったのですが、プロの評価はまったく違ったんです」
シャープの担当者は、望月氏が平凡だと感じたアイデアを絶賛した。曰(いわ)く、自動的に浴槽を洗浄するシステムは、多くの人が思いつきながらいまだに実現されていない技術である。プラスチックや木、石など、多様な材質でできた浴槽すべてに対応するのは、実はとても難しいことだからだ。
「シャープの方の『誰もが思いつくことを入り口に発想するのはとても正しい』という言葉は、その道のプロならではのもの。やはり教員だけでの評価には限界があるなと思いました。生徒も喜んでいたし、私もとても勉強になりました」
TBSと取り組んだプロジェクトでは、生徒たちが身の回りで世界遺産にしたい場所を考えて映像にまとめた。北区の景勝地はもちろん、高校そのものを遺産にしようというアイデアもあり、たくさんの生き生きした動画が生まれた。生徒の一人はTBSのインタビューに「こんな授業が受けられると思っていなかった。本当によかった」とうれしそうに答えた。
また、徒歩5分の近さにある大正大学との高大連携にも取り組んだ。同大ではコロナ禍以前、地域連携の一環として「鴨台盆踊り」を大学構内で実施してきた。22年、3年ぶりに行われることになったこのイベントに、王子総合高校の有志が参加することになったのだ。
「大学から声をかけていただき、やりたい子は行っておいでと送り出しました。私たち教員がお膳立てしたことはほとんどありませんでした」
盆踊り大会で何をするか。生徒が決めたのは「流しボールすくい」の屋台だ。さらに軽音楽部所属の生徒が「ステージ演奏もさせてほしい」と自ら大学に交渉。当日の屋台は大盛況を博し、生徒のバンドも、1000人以上の観客の前で見事に演奏してみせた。
学校を社会に開くこうした取り組みで、生徒たちは学ぶ人を見たり学ぶ場所を体感したり、学んだ先にいる人を見たりした。中には「学校の先生の言うことなんて聞かなくていいよ」という大人もいたし、思いがけない失敗をする大人もいた。
「『先生、大学生も漢字を間違えるんだよ』と言ってきた生徒がいました(笑)。技術者の方と同じように、大学や大学生についても、遠い存在だと思っている子が多かったのでしょう。この取り組みで、高等教育に親近感を持って視野を広げた生徒は確実に増えました」