MITやハーバードなど名門校で音楽授業が盛んな米国、どんな変化が起きた? 「STEAM教育」重視の時代における音楽の重要性
また、室内楽やオーケストラなど演奏実技科目もあり、室内楽のマークス・トンプソン教授は「共に音楽を奏でることは魂の喜びであり、あらゆるソーシャルトレーニングにもなっています」と語ります。

(写真:菅野氏提供)
米国で音楽の学びが強化された結果、今起きていること
このような音楽の学びによって、意識が広く深く掘り下げられ、「新しい世界観をどう構想し、どう協働してつくり上げるか」が身に付いていくのではないかと考えられます。
近年MITで音楽やアートを通じて社会問題に取り組むプロジェクトが盛んであることは、その証左かもしれません。「Hearing Amazonia」というプロジェクトには材料工学と音楽をダブルメジャーで学んだ卒業生が関わり、ブラジル音楽の演奏や対話を通じて、アマゾン地帯の生物多様性や持続可能なエコシステムに対する意識を喚起しました。
またBlack Lives Matter運動がきっかけで企画されたプロジェクト「It Must Be Now!」では、学生オーケストラのほか、歌、ダンス、ビジュアルアートなどを融合した力強いパフォーマンスを通じて、ソーシャルジャスティスの意識向上を呼びかけていました。
MITではこのような分野横断的な新しい着眼点による取り組みが日々行われており、「自分で物事をつなげて考えられる学生が多く育っている」と音楽の授業を担当するエヴァン・ジポリン教授が語ってくれたのもうなずけます。日頃からの融合的な学びが社会で生かされるのは自然な流れでしょう。
米国の芸術発展に取り組む非営利団体のAmericans for the Artsによれば、近年米国では、音楽やアートが「創造的思考を伸ばし、イノベーションを誘発する」「多様性への理解や共感を促す」との認識が広まり、企業と芸術界の関係性も、従来型のスポンサーシップからパートナーシップへと発展してきているといいます。
新入社員の採用時に芸術活動の実績を考慮したり、社内人材育成やチームビルディングに音楽を生かしたりする企業も増えています。音楽やアートの要素を取り入れたソフトウェア会社を起業したMIT卒業生の例もあり、技術力や専門知識だけでなく、人間らしい感性や柔軟な発想力が重視されているのです。
日本の「音楽教育のあるべき姿」とは?
少し話は飛躍しますが、今私たちは、「人類はAIとどう共存するのか」「地球の未来をどうするのか」など、大局的かつ根源的な問いに向き合っています。そこでまず問われるのは、「自分がどう感じるか」。物理化学者のマイケル・ポランニー氏は、「身体や情念を含む個人の暗黙知こそ、科学的な発見を前進させてきた」と述べていますが、実際、人は何かを知覚するとき、それが言語化される前に、多くのことを察知しています。
音楽はまさにその象徴であり、MITの音楽授業で行われていることのように「まず自分の耳で捉え、感じ、発見する」ことで、自らの暗黙知にも気づいていきます。そして「なぜなのか?」と問いを立てて探究していくと、原理や仕組み、思想などが見えてきて、深層で多くのものがつながっていることがわかるでしょう。欧米で他分野との連携が盛んなのは、こうしたリベラルアーツの力ともいえます。