MITやハーバードなど名門校で音楽授業が盛んな米国、どんな変化が起きた? 「STEAM教育」重視の時代における音楽の重要性
学生起業が盛んなスタンフォード大学では、約900席のコンサートホールを擁し、音楽教育にも熱心です。2013年に教養を育むことを目的に新設されたプログラムの1つ「芸術へのイマージョン」では、芸術が文化や身体に及ぼしてきた影響や、芸術家がいかに風刺などを通して社会問題を世に訴えてきたかを、交響曲・オペラ・ポピュラー音楽・バレエ・映画・絵画・マジックなどからひもときます。「なぜ芸術なのか、なぜ芸術でなければならなかったのか」という根源的な問いは、自分自身や社会のあり方にも目を向けさせます。
そして世界最高クラスの理工系大学であるマサチューセッツ工科大学(以下、MIT)では、芸術科目は必修とされ、22年の「THE 世界大学ランキング」の「芸術・人文学分野」でスタンフォード大学に続き第2位にランクされるほど本格的な学びが行われています。全学部生の約半数に当たる2300名ほどが一度は音楽科目を履修したことがあるそうですが、どのような考え方が背景にあるのでしょうか。
「エンジニアたちは創造的な問題解決法を編み出すために、人文学やアートの経験が役立つことに気づいています。それにテクノロジーや科学技術の発達に伴う問題の多くは、人間性理解の欠如からきています」とMITのキーリル・マカン音楽学科長が話すように、技術革新が進むほど人間理解が必要であることが強く意識されています。いくつか授業内容をご紹介しましょう。
「ワールドミュージック入門」では、日本を含む世界各地の民俗音楽を取り上げます。初回の授業では、自分がこれまでに聴いた音楽をリストアップし、クラスでシェアするところからスタート。まず自分自身を含め、皆それぞれが異なる民俗的・文化的影響を受けていることを知り、身近にある多様性を理解したうえで、世界に目を向けていきます。アーティストによる生演奏や舞踊の実体験などもあり、深い文化理解力と共感力を育みます。
「西洋音楽史入門」では、曲を聴いて気づいたことを発表しながら楽曲分析をします。特徴的なのは、数回の授業ごとに行われる振り返り課題。初出の曲を聴いて作曲家を当てるリスニング問題もあり、推察力が問われます。また「協奏曲や交響曲における心理描写やドラマ構成」を考察するエッセーでは、各楽章がどんな形式でどうデザインされているかを考察しますが、「なぜここで感情が喚起されるのか、どのような意味があるのか」など、ストーリーテリングという普遍的概念に置き換えて考えるように工夫されています。
「作曲」では最終プロジェクト(弦楽四重奏とピアノ小品の作曲)に向けて、参考曲の写譜や分析から始まります。シューマンのピアノ曲分析では、予測できない和声進行やあいまいな曲調に「予想の半分が覆された!」と思わず苦笑いする学生も。数学や工学の世界とは違い絶対的な正解はなく、むしろ偶発性や神秘性こそが芸術であり、人間らしさであることも学ぶのです。またコンサートに足を運んだり、各自の草稿をクラス内でシェア・意見交換したりしながら推敲し、プロの演奏家による実演とフィードバックを得て、最終日に完成曲を披露。作曲という個人的な作業でありながら、協働しながら仕上げていく面白さも味わいます。