「食べるだけで精一杯」英国看護師が困窮する事情 前代未聞、待遇改善を求めてストライキを計画

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主に税金が原資で運営されるNHS医療は、国の方針で多くが決定される。新型コロナ対応に関しても、先進国では類をみないような“半袖ナマ腕のPPE(個人用防護具)でのコロナ病棟勤務”や、“汚染された制服は自宅に持ち帰って洗濯する”ことなど、すべて国の方針だ。つまり、私たちNHS医療従事者の生殺与奪の権限は国にあるといっても過言ではない。

看護師のストライキに対する呼びかけは今に始まったことではない。

長年の低賃金に加え、慢性的な看護師不足で生じる基準の配置人数以下での勤務、タイムマネジメント力不足という名目でのサービス残業、増える患者や家族からのクレーム、こうした厳しい毎日の臨床の中で積み重なるプレッシャー。待遇改善を求め、何年もストライキが呼びかけられてきたのだ。

しかし、私たち看護師は自分の立場も理解している。病院から看護師がいなくなれば、その影響は計り知れない。それにもかかわらず看護師がなぜ今立ち上がったのか――。

3%の賃上げでは焼け石に水

今回、ストライキ投票への引き金となったのが「3%の賃上げ」だ。イギリスでは毎年、国がNHS医療従事者の賃上げ率を決めるが、もともと低い賃金に3%を賃上げされても焼石に水だ。今のイギリスではベテラン看護師であっても、役職がなく、子どものいる家庭では、食べるだけで精一杯。組合も何度も窮状を国に訴えてきたが、変わらなかった。

実際、このような環境だから看護師の退職者が全国規模で後を絶たない。

昨年度の統計では看護師退職者のうち、高齢による退職は40%に過ぎず、残りの60%は45歳以下の看護師だった。4万7000人ほどの看護師不足が報告されているイギリスの看護は、本当に危機を迎えているのだ。

こうしたことを受け、ここ数年、看護師の新規雇用と雇用維持の2本柱が大きな課題として掲げられてきた。だが、国がとった対策は「看護学部の入学試験の基準を下げて、イギリス国内の受験者数を増やす」「外国人看護師がイギリスで免許を取りやすくするために、英語テストのハードルを下げる」というもの。仕事の魅力ややりがいをアピールして志願者を増やすのではなく、「応募基準を下げる」ことで雇用をまかなおうとしているのだ。

もっとも雇用維持については何も回答が出ていない。国の姿勢からして、待遇改善に前向きであるとはとても思えない。そんなことで、過去10年にわたって辛抱してきた看護師も、我慢の限界を越えてしまった。

もちろん、イギリスの看護師にも「栄華」と呼べる時代が存在した。2008年のリーマンショック以降も、2010年代前半まではここまでひどい待遇ではなかった。

不況で就職難になると、日本では公務員を希望する学生が増えるが、イギリスでは看護師を志望する人が激増した。現役の高校生に加え、社会人大学生、特に主婦層からの応募が殺到して、看護学部は一躍狭き門となった。余談だが、私も2009年にその狭き門をくぐり抜けた一人である。2010年の受験はさらに競争が激化し、「今年の新入学生は稀に見るアカデミック集団だ」と、大学教員も講義中に度々口にしていた。

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