反田恭平が明かす「ショパンコンクール」の舞台裏 『終止符のない人生』ピアニスト・反田恭平氏に聞く

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反田氏はショパンコンクールについて、「子どもの頃からの憧れだったが、出場するかどうかはかなり悩んだ」という(撮影:梅谷秀司)(撮影協力:スタインウェイ&サンズ東京)
「日本で最もチケットが取れないピアニスト」と言われている反田恭平氏。昨年挑んだ大舞台、世界3大音楽コンクールの1つ「ショパン国際ピアノコンクール」で、日本人として過去最高位の2位入賞を果たした。
ピアニストだけでなく、プロデューサーの顔も持つ。2021年5月、若手演奏家で構成されるジャパン・ナショナル・オーケストラ(JNO)を株式会社化し、社長に就いた。コロナ禍の2020年4月、クラシック界としては最速で有料ライブ配信コンサートを開催し、その行動力が注目を集めた。
今後は指揮者としての活動にも力を入れるという。自身初めての自叙伝エッセイ『終止符のない人生』をこの夏に刊行した反田氏。異例づくしのピアニストは今、何を考えているのか。前回に続き、今回はショパンコンクールについて詳しく聞いた。

子どもの頃からの夢か、リスク回避か

――2017年にポーランドに留学されました。

ロシア留学が一段落し、次にどこへ留学するか迷っていました。選択肢はフランス、アメリカ、ポーランドの3つ。最終的にポーランドに決めたのはショパン音楽大学のピオトル・パレチニ先生にピアノを習いたいと思ったことが大きいです。

パレチニ先生に教わるなら、何よりショパンです。最初のレッスンでは厳しいダメ出しもされたけれど、そこから地道に学び続けました。

一方で、3年後ショパンコンクールに出場するかどうかは、自分でもわからなかった。

子どもの頃からの憧れだったし、夢見た舞台に立ちたい気持ちはもちろんある。先生にも「ショパンコンクールを受けにきたの?」と聞かれました。ただ、出場はそれ自体がリスクだと思い悩んでもいました。

どんな世界も同じでしょうが、コンクールでは実力だけじゃなく、運も含めあらゆる要素が必要です。どんなに努力しても、いい結果を勝ち取れるかどうかはわからない。

――それでも、リスクを取って出場した理由は?

30歳という年齢制限があるので、コンクール開催時26歳(当初予定されていた2020年開催の場合。コロナ禍で1年延期のため実際は2021年に27歳で出場)の僕にとっては最後のチャンス。出なければ一生、後悔すると思った。子どもの頃からの夢が勝ちました。

ショパンコンクールを受けるかどうか決めかねていた時期も、その可能性はずっと意識していました。だからこそ、ポーランドでショパンを学んでいるという恵まれた環境の中で、コンクールに挑むことができた。

「ショパンのしゃべり方」といいますか、ショパンを弾くうえでの語法はやっぱり現地で学ぶのがいちばん。パレチニ先生のレッスンは1回1回が本当に貴重な時間でした。

ただ、留学中も当然、僕個人の演奏活動や日本でのオーケストラ活動は続いています。ショパン以外の曲にも同時に取り組んでいました。

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