意欲ある中高生のデジタル活動を連携して支援

経産省が2018年度に実施した「IT人材需給に関する調査」によると、30年には国内IT人材に約45万人の需給ギャップが発生するという。「IMD世界デジタル競争力ランキング2021」においても、日本は64カ国・地域のうち28位、人材に関する順位は47位で、中でもデジタル・技術スキルは62位という結果が出ている。

こうした厳しい背景から、国はデジタル人材の育成に本腰を入れ始めた。教育現場ではすでに20年度から小学校でプログラミング教育が必修化、22年度から高等学校で「情報Ⅰ」が必修化されている。23年度にはより発展的な選択科目「情報Ⅱ」も設置される予定だ。

教育が変わることでデジタル領域に興味・関心を持つ子どもたちの増加が期待されるが、より高度に学びたいと思っても環境が十分ではない現状がある。「活動の場がない」「高性能のパソコンがない」「メンターがいない」など、悩みはさまざまだ。ジェンダーバランスの偏りも指摘されており、デジタル人材育成における課題はまだまだ多い。

そこで、経産省の「デジタル関連部活支援の在り方に関する検討会」は、いわゆるパソコン部や科学部などの部活動に限らず、多様なデジタル活動を「中高生等のデジタル関連活動」と捉え、その支援策について議論を行った。22年3月末には「Society5.0を見据えた中高生等のデジタル関連活動支援の在り方提言」を取りまとめ、「デジタル関連活動」に対する理解の醸成、外部支援、モチベーション、ジェンダーバランスという4つの論点ごとに取り組むべき施策を示した。

そして今、これに関する新たな動きがある。同検討会の座長を務めた鹿野利春氏を代表理事とする「一般社団法人デジタル人材共創連盟」が、6月中に立ち上がるという。いったいどのような事業を行うのか。

鹿野 利春(かの・としはる)
京都精華大学メディア表現学部教授
石川県の公立高等学校、教育委員会を経て2015年に文部科学省の高等学校情報科担当の教科調査官を務める。これまで新学習指導要領「情報科」および解説の取りまとめ、「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」の教員研修用教材や「情報」実践事例集の取りまとめ、GIGAスクール構想、小学校のプログラミング、情報活用能力調査などに関わる。21年4月から現職。現在、文部科学省初等中等教育局視学委員(STEAM教育)、経済産業省「デジタル関連部活支援の在り方に関する検討会」座長、国立研究開発法人情報通信研究機構主催「SecHack365」実行委員長、大阪芸術大学アートサイエンス学科客員教授も務める
(写真:本人提供)

「この連盟は、検討会の提言を実現していく組織。学校教育部会、広報部会、ガイドライン部会、産業部会という4つの部会を置いて関係団体と連携し、若年層のデジタル活動の活性化を目指します」と、鹿野氏は説明する。

具体的には、中高の教員や教育行政関係者、教育研究者などで構成される学校教育部会が、中高生のデジタル活動の支援ニーズを整理して産業部会に要望。企業や業界団体などからなる産業部会はその要望を受け、支援策を検討して関係機関に働きかけるほか、若年層のアントレプレナーシップ育成も行っていく。

とくに注目したいのは、ガイドライン部会だ。主に大会やコミュニティーのガイドラインを作成する部会だが、その重要性について鹿野氏は次のように語る。

「国内のデジタル関連の大会における運営や審査員は、その多くを男性が占めています。本来デジタル領域は体力に関係なく男女差がないはずなのに、参加者の割合も男性のほうが女性より多いのが現状です。このジェンダーギャップを解消しないとデジタル人材育成は量的にも質的にも達成できません。男女比率が半々になるだけでもそのインパクトは大きい。ジェンダーバランスの確保を含むガイドラインを作ることで女性および性的マイノリティーが参加しやすくなれば、若年層全体の能力向上が図れると考えています」

情報提供の仕組みづくりにも力を入れていく。「デジタル領域の大会は国内に200近くある」(鹿野氏)が、その内容について大学や企業、参加生徒が通う学校などが把握できていないという。

「各大会の認知度が低いため、学校によっては世界大会の参加でも公欠にしてもらえない場合がありますし、よい成績を残しても進学や就職で有利になるような流れも十分とはいえません。また、自治体や企業が子どもたちのデジタル活動を支援する事例はあるものの、これも世間にあまり知られておらず、個別の取り組みにとどまっています」

こうした現状から、同連盟のウェブサイトを通じて、広報部会がガイドラインに合致する大会やコミュニティーを紹介するほか、企業による支援に関する情報などの発信も行っていく。また、交流の場としてバーチャルプラットフォームも提供する。中高生や指導者がそれぞれのアバターで動ける、いわゆるメタバースのような空間だ。

「学校同士の情報交換だけでなく、大学生や技術者、企業、自治体などにも入っていただき、生徒たちや指導担当の教員がいろいろと相談できるような仮想空間をイメージしています」と、鹿野氏は話す。

教材や研修の提供、人材マッチングなど「情報Ⅰ」の支援も

さらに、今年度からスタートした高校の「情報Ⅰ」の授業支援も行っていく。教材の提供や教員を対象にした研修の実施、授業をサポートする産業界のプロ人材のマッチングなどを想定している。実は現場や教育行政からも授業支援のニーズが出てきているのだと鹿野氏は言う。

「1月に国立大学協会は、24年度実施の入試から、5教科7科目に『情報』を加えて6教科8科目にする方針を発表しました。これにより先生方の間で『もっとしっかり取り組まねば』という機運が高まっており、情報科の大学入試の動向や授業を気にする保護者も増えてきています。そのため教育委員会も情報科教員の研修強化や、本職のプログラマーなど企業人材を活用した授業を模索しているようで、そこをつなぐ役目を学校教育部会で担っていくこととなります。授業のレベルを上げ、より高度な人材育成につなげていきたいですね」

同連盟は、一般社団法人i-RooBO Network Forum内に事務局を置く。i-RooBO Network Forumは公益財団法人大阪産業局と共に、大阪・関西万博での実施を検討している未来創造コンテスト(※)実行委員会も担っているため、万博に関連する取り組みも検討していくという。

※ 社会課題をロボット制作やプログラミング、デジタルアートなどのテクノロジーを活用して解決するビジネスプランコンテスト。バーチャル空間やオンライン上のコミュニティーなどを活用して予選を行う

現時点で、産業部会長にさくらインターネット代表取締役社長の田中邦裕氏、広報部会長にGMOメディア代表取締役社長の森輝幸氏の就任が決定しており、ガイドライン部会ではお茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所特任教授の佐々木成江氏が部会長を務めるほか、特定非営利活動法人Waffleの森田久美子氏の参画が決定している。「学校教育部会の部会長や各部会の会員については、連盟設立後に改めて就任を依頼する」と鹿野氏は話す。

日本のデジタル分野の競争力向上を目指して若年層の才能を伸ばしていくためには、とくに企業の支援が欠かせない。企業にとっても、支援は高度人材の採用につながる可能性がある。「IT企業はもちろん、教育関連企業、教科書会社、印刷会社などを含むデジタルアート関連企業など、産業界からの幅広い参画を期待しています」(鹿野氏)。

(文:編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:YAMATO/PIXTA)