どうすれば、子どもたちは「知的にワクワク」するのか

ワンダーラボは、世界中の子どもたちの「知的なワクワク」を引き出すための教材を提供している会社だ。同社代表取締役CEOで創業者でもある川島慶氏は、東京大学大学院工学系研究科修了後、2007年に学習塾大手の「花まる学習会」を運営する、株式会社こうゆうに入社。4歳の子どもから大学生まで指導する一方、公立小学校や国内外の児童養護施設の学習支援を手がけ、14年にワンダーラボ(当時、花まるラボ)を創業した。

着用のTシャツは、大好きな数式がデザインされたもの。ワンダーラボのコアバリューも、数式で作られているそうだ
(写真:今井康一)

「もともと算数や数学が好きで、小学生の頃から教科書や学校のテストを見ては、『自分だったらこんな問題を作る、そうすれば答えがきれいになるし、もっとほかの子どもたちも楽しめるようになるのに』と考えるような子どもでした。大学生になってからも、さまざまな数学の入試問題を解いて遊んでおり、そんな趣味が高じて算数オリンピックの問題制作にも携わるようになりました。とにかく面白い問題を解くことで、数学の楽しさ、面白さを多くの子どもたちにもっと知ってほしいという思いがあったのです」

そう語る川島氏が、ワンダーラボ(当時、花まるラボ)をつくるきっかけとなった出来事があった。花まる学習会で指導した経験から、考えるすばらしさを教室に通う子どもたちだけでなく、教室に通えない国内外の子どもたちにも届けたい、と行動していた中での出来事だ。

「児童養護施設の学習支援を行っていたときの話です。学校の勉強に追いつけるように熱心に指導すればするほど、なぜか子どもたちの心が離れ、勉強もしてくれないという経験をしたのです。例えば、小学校5年生の子どもに、学校の勉強でつまずいたところまで戻って、小学校2年生の問題を解かせる、というような指導をしていました。ところが、子どもたちは勉強ができない自分を、先生である私に見せたくなかったんですね。それに気づかず教えることに熱中するあまり、私は知らないうちに子どもたちを傷つけていたのです」

試行錯誤の末、川島氏は、自身が考案した紙の知育教材を使用してみた。その教材は年齢の枠に縛られず、子どもたちが考えることを楽しめる、簡単なパズル問題だったという。

「子どもたちはそれまでとはまったく違う様子で、とても興味を示してくれました。楽しく問題に挑戦し、問題が解ける達成感を感じたことで、もっと問題がほしいと言い、問題がなくなると、『じゃあ、宿題やろうっと』と、学校の勉強まで進んでするようになりました。学校の勉強をさせる、という目的からいったん離れたことで、逆に学校の勉強を自ら進んでするようになったのです。子どもたちには、大人が強制的に何かをさせるよりも、“知的にワクワクする経験”を与えてあげたほうがいい結果を生む、と気づいた瞬間でした。その後、この経験をほかでも試してみたいと、言語を用いずに直感的に絵でわかるような教材を海外の子どもたちに使ってもらいました。その結果、同じように高い興味を示してくれ、この方法なら、日本だけではなく、世界中の子どもたちに“知的にワクワクする経験”を届けられる。そう思い、それを提供できる会社を立ち上げることにしたのです」

14年に創業後、自社の教室にやって来る子どもたちの反応を見ながら独自教材の「Think! Think!」(以下、シンクシンク)という思考センス育成アプリを開発。それが17年4月、米Googleによる世界最大級のアプリアワード「Google Play Awards2017」において、子ども向けアプリ部門のTOP5に選出されたことで、一気に知名度が上昇。近年のSTEM教育の高まりも受け、ワンダーラボの教材プログラムが広く注目されるようになったのである。

シンクシンクは、パズルや迷路、図形などを用いて、思考力を楽しく身に付けるための4歳〜10歳向けの知育教材アプリ。ユーザーは中国、米国、欧州など世界150カ国で200万人(2022年1月現在)を突破している。このシンクシンクを使用することで、実際に子どもたちにどのような効果が生まれているのか。

同社は、17年度から、国際協力機構(JICA)「中小企業海外展開支援事業〜案件化調査〜」として、シンクシンクとその知見を活用し、カンボジアにおいて思考力教育の導入事業を手がけている。カンボジアでは14年の段階で高校卒業試験の合格率はわずか26%。教育環境の整備、人材競争力の強化が国の最優先の課題となっていた。そこで同国教育・青少年・スポーツ省の全面的な協力の下、18年にシンクシンクの効果を検証する大規模実験を実施した。

プノンペンの公立小学校で、子どもたちがシンクシンクを試している様子(左上)(右上)実証実験の様子が掲載されたカンボジアの新聞記事(右下)川島氏と、カンボジアのハン・チュオンナロン大臣(左下)
(写真:ワンダーラボ提供)

慶応大学教授の中室牧子氏の研究室(教育経済学)と共同で行われ、首都プノンペン周辺の5つの公立小学校で、40クラスに属する生徒のうち、ランダムに選ばれた20クラスの生徒に、算数の授業の一部でシンクシンクを用いた学習を行い、アプリを用いない残りの20クラスの生徒と比較した。その結果、3カ月後の学力テストの偏差値が、小学校3年生で6.8ポイント、同4年生では6.1ポイント改善し、生徒たちが将来大学に進学したいという意欲も向上したという。しかもシンクシンクは、ほかの開発途上国で導入された学習支援ツールと比べても、学力やIQを改善する効果が著しく大きかった。

「実証実験の結果、シンクシンクで学力やIQを大きく改善されることが証明されました。私たちは偏差値を上げるために教材を作っているわけではないのですが、シンクシンクで、子どもたちの受験にも役立つ基礎能力を引き出すことができるのです」

「STEAM教育」を日本中に届ける、新たな試み

同社の強みはそれだけではない。20年にSTEAM領域の教育プログラム 「WonderBox」(以下、ワンダーボックス)を発表。サービス開始から、キッズデザイン賞、グッドデザイン賞、ペアレンティングアワードなど、数多くのアワードを受賞し、新たに大きな注目を集めているそうだ。こちらは、子どもの知的成長を刺激する教材で、デジタルとアナログを組み合わせて、プログラミング、アート、パズルなど、多彩なコンテンツを毎月提供するプログラムとなっている。

ワンダーボックスは、毎月更新される10種類以上のアプリ教材と、キット教材を組み合わせて、自宅で学ぶことができる
(写真:今井康一)

その特徴は3つある。1つ目はアプリとワークブックで思考力を育てられることだ。同社の算数オリンピック問題制作に携わる教材開発チームが作成した子どもの「地頭」を刺激する問題で、STEAM領域の基礎能力を培うことができる。2つ目はトイ教材で創造力を伸ばすことができること。五感を使って、手を動かす。自分で試行錯誤しながら「こうしたら、どうなるんだろう?」という発想力をトイ教材で引き出していく。3つ目は豊富なテーマで子どもの意欲を高めることだ。バラエティー豊かな教材を通じてさまざまな角度から物事への関心を育み、子どもの知的ワクワク感を引き出していく。新たな挑戦に夢中になることで、学びの原動力がつくられるのである。

「一般的な通信教育は、やはり勉強なので、子どもにやらせること自体が難しい場合もあると聞きますが、ワンダーボックスは知的ワクワク感を引き出す仕掛けが豊富で、子どもが自分からやりたいと思うようになります。今後もより面白い教材を提供することができると考えています」

子どもの知的好奇心を伸ばすことに力を注ぐワンダーラボ。では、日頃から家庭で子どものやる気を引き出すためには何が必要なのだろうか。川島氏が語る。

「まずはやってみてもらう。自分の頭で考えて、間違えることを怖がらせないようにすることが大切です。どんなことに対しても、『無理、苦手、できない』ではなく、『面白そう、楽しそう、できそう』という気持ちを引き出していけるとよいですね。子どもがイライラしているときは何か声がけをするよりも、子どもが達成したことについて、『諦めずに何回も挑戦できたね』など、それまでの過程を意味づけし、親御さんが大事だと思うことを伝えられるとすてきです。そうすれば少しずつ子どもにも伝わっていくのです」

ただ、そこで気をつけなければならないことがあるとも川島氏は言う。

「子どもを結果のみで評価しないことです。結果で評価すると、子どもは敏感なので短期的な結果のみを求めるようになります。同じく、子どもが理解しているかどうかだけを問えば、子どもは理解したふりをするようになる。だからこそ、子どもが楽しんでいるか、試行錯誤しているか、そこを見ることが非常に重要です。これは、家庭でも学校でも同じことです。学びの場が楽しい空間であれば、子どもは大人が予想もしなかったような成長を見せてくれます。そのためにも私たちは、子どもたちが知的にワクワクできる教材を作り続け、多くの家庭に届けていきたいと考えています」

川島慶(かわしま・けい)
1985年生まれ、栄光学園中・高等学校卒業。東京大学大学院工学系研究科修了。2007年、花まる学習会を運営する、株式会社こうゆうに入社。「なぞぺ〜」シリーズ制作に携わる。4歳から大学生までを教える傍ら、公立小学校や国内外児童養護施設の学習支援を多数手がけ、14年、ワンダーラボ(当時、花まるラボ)を設立。開発した思考力育成アプリ「シンクシンク」は世界150カ国200万ユーザー(2020年1月現在)、「Google Play Awards」など、国内外で受賞多数。世界中の子どもたちから「知的なワクワク」を引き出すことをミッションとし、アプリや書籍、知育玩具など、多様なコンテンツを生み出している。過去に、東京大学非常勤講師を務めたほか、毎年算数オリンピックの問題制作に携わり、17年より三重県数学的思考力育成アドバイザーも務める
(写真:今井康一)

(文:國貞文隆、注記のない写真: mits / PIXTA)