──そもそも共同体的なものは好きじゃなかったのですよね。
父が蒲田の町工場の創業者で、僕は周囲から後継者と見なされて育った。小さな町の血縁・地縁的なものを忌避し、自分が快適な生き方を目指したら、いろんな失敗の末、共同体的なものにたどり着いてしまった(笑)。驚いたのは、想像以上に快適だったこと。生活の質が落ちるどころか向上して、いちばん稼いでいたときよりもいいんですよ。これは何だ、って。
──共有から私有へ、が資本主義の歴史ならば、私有側の人でした。
大学を出て起業したから経営者しかやったことがない。米シリコンバレーの「ビジネス・カフェ」の設立にも参加したし、インキュベーターもやった。資本主義の原動力は私有制とその上に乗った株式会社。資本主義は共同体を個に解体し、つねに需要が供給を上回る状態をつくり出してきたが、人口減少で需給が逆転した。僕の会社も行き詰まり、低金利だからと借金をしたのが悪かった。返済に追われ、自己破産か清算かとなり、2016年に清算を選びました。自宅含め約40年で蓄えた私有財産を失い、金銭的に丸裸になった。
──残ったのが隣町珈琲。
会社を畳んだら、行く所がないので、14年に友人たちと遊びでつくった喫茶店の客になったわけです。朝から晩までいて、途中で銭湯に行き、食事も外で済ませる。寝に帰るだけのアパートに月10万円は高いけれど、本が1万冊以上あり身動きが取れなかった。
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読み頂けます。
東洋経済ID 会員特典
東洋経済IDにご登録いただくと、無料会員限定記事を閲覧できるほか、記事のブックマークや著者フォロー機能、キャンペーン応募などの会員限定機能や特典をご利用いただけます。
東洋経済IDについての詳細はこちら