「ハンズを手放す」決断下した東急不動産の苦悶 小売の常識覆した「素人集団」はなぜ挫折したか

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グループの「顔」でもあったハンズの売却に、なぜ踏み切らざるをえなかったのか。東急不動産ホールディングスの西川弘典社長に聞いた。

ハンズの売却は「非常に勇気のいる判断だった」と、東急不動産ホールディングスの西川弘典社長は話した(記者撮影)
素人の発想――。1976年の創業当時、小売業界は東急ハンズを嘲笑した。
きっかけは渋谷・宇田川町で取得した土地だ。駅から遠い、形が悪い、場所は渋谷の裏通り。「3悪」と呼ばれた土地を活用する苦肉の策として、ハンズは誕生した。
「どこにもない店を作れば客が来る」という発想のもと、小売業未経験の東急不動産社員が自ら仕入れ、販売を行った。DIY用品や日用雑貨がひしめくごった煮の店舗は予想外の評判を呼び、売上高や店舗数は右肩上がり。1990年代後半には、ハンズ単体での株式上場も計画された。
だが、2000年代から成長に陰りが見え始める。雑貨店やホームセンターなど競合の増加に加え、PB(プライベートブランド)やEC(ネット通販)の波にも乗り遅れた。そこへコロナ禍が追い討ちをかけ、創業から46年が経った2022年、「素人集団」の再建はカインズという小売の玄人へと託された。
東急不動産グループの「顔」でもあったハンズの売却に、なぜ踏み切らざるをえなかったのか。東急不動産ホールディングスの西川弘典社長に聞いた。

ハンズは社員の「精神的支え」だった

――売却はいつごろから検討されていましたか。

2020年4月に社長に就任して以来、東急不動産グループとしてコロナ禍収束後を見据えた長期ビジョンの策定に取りかかった。「2030年度にどうありたいか」をグループ会社ごとに提示してもらったところ、ハンズからは「(物販を通じて新しい発見や発想を提案する)『ヒント・マーケット』をデジタルでも表現したい」という提案があった。

当初は私も納得したが、次第に「東急不動産グループにとどまっていては、ハンズの成長は難しい」と思うようになった。

ハンズはPB(プライベートブランド)とEC(ネット通販)の展開が決定的に遅れていた。私も社長就任以前からハンズのデジタル化を急ぐべきだと考え、いずれもコロナ禍以前から取り組みを進めていた。

――いざやってみると、そう簡単ではなかったと。

取り組むにつれ、PBやECに対する経営資源が当社グループに不足しているとわかってきた。同じデジタル化でも、不動産業と小売業とでは明らかに異なる。

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