半魚人伝 水中写真家・中村征夫のこと 藤崎童士著 ~発想豊かで精力的な活動を活写
2006年8月、水中写真家中村征夫の写真展「海中2万7000時間の旅」が東京都写真美術館で開かれた。1カ月半の会期中、9万人近くの人が押し寄せ、同館の記録となった。
中村征夫は、1945年7月、秋田県男鹿半島に生まれた。八郎潟はまだ干拓前で少年時代はシジミをとって遊んでいたという人生は、なかなか波乱に富んでいる。高校卒業後、上京して秋葉原の家電店に就職する。だが職場の環境になじめず、休日には一人で海に出かけ、素潜りをして時を過ごしていた。
そんなある日、神奈川県の真鶴岬で水中カメラを手にしたダイバーに出会い、水中撮影に目覚める。すぐにダイビング機材一式と水中カメラを買いこむと、本を読みあさり独学で水中撮影の技術を学んだ。やがてコンテストに応募するようになり、ついには水中撮影プロダクションに入社。水中カメラマンになってしまう。
以来、沖縄をはじめいろいろな海に潜ったが、海中は決して美しいものではなかった。
悪臭漂う「死の海」東京湾に初めて潜ったのは32歳の時。そこには懸命に生きている小さなカニたちがいた。それを見た時、東京湾の撮影をライフワークにしようと決意する。たんなる水中写真ではなく「写真を通して自分という人間を見せる」をモチーフに撮り続けた。10年後、写真集『全・東京湾』で木村伊兵衛賞を受賞、社会派カメラマンとしての評価が定まった。
また写真だけではなく、映画の水中撮影やテレビの報道番組のレギュラーなど、意欲的な活動を続け、07年に冒頭の写真展で土門拳賞を受賞した。
今は、日本各地の伝統漁法を未来に残そうという企画に取り組んでいる。発想豊かで精力的な水中写真家の活動は、400頁を飽きさせない。
ふじさき・どうし
1968年生まれ。ダイビング業界ののち、写真用品業界で働く。劇作活動(脚本)では、2004年度および06年度に文化庁舞台芸術創作奨励賞(現代演劇部門)に入賞。ノンフィクション作家としては本書がデビュー作となる。
三五館 1995円 414ページ
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