歴史から消えた天才精神科医 脳科学の限界を決めるのは誰
評者/サイエンスライター 佐藤健太郎
「脳科学」とつく本や記事には、残念ながら眉唾ものも多い。本書も一見怪しげな題名だが、内容の方は圧巻というべきであり、ぜひ一読をおすすめしたい。
本書の主役は、ロバート・ヒースという精神科医だ。カリスマ的で野心と才能にあふれ、関わった人々を魅了せずにおかない人物だったという。
彼が1972年に発表した「同性愛者の治療」という、衝撃的な実験の様子から本書は始まる。脳に電極を挿した男性同性愛者に、電気刺激で快感を与えながら娼婦と性行為をさせるという、まさに冒涜的な研究だ。現在はもちろん、当時の倫理基準からも大いに問題のある研究が、堂々と行なわれたことに慄然(りつぜん)とする。
だがヒースは、単なるマッドサイエンティストなどでは決してない。精神疾患の多くは脳の機能的な問題であり、外科的に治療可能という彼の信念は、時代を大きく先取りしたものだった。
本書ではヒースの物語と並行して、近年行なわれている脳深部の電気刺激療法についても詳述されている。その進歩は驚異的で、うつ病や統合失調症の改善の他、認知機能の向上といった成果も出てきている。これらはすべて、ヒースの先駆的なアイディアの延長線上にあるといっていい。
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