福島第一原子力発電所の事故は防ぐことができなかったのか──。東京電力の旧経営陣の刑事責任を問う裁判が大詰めを迎えている。2018年12月末の論告求刑、19年3月の最終弁論を経て、同年の夏ごろにも判決が言い渡されるとみられる。
刑事裁判は、住民による告訴・告発を東京地方検察庁が不起訴とした後、検察審査会の2度にわたる起訴相当との議決を経て17年6月に東京地方裁判所でスタート。18年12月下旬までに20人余りの証人尋問、3人の被告人質問が終了した。
最大の争点は、原発の敷地の高さを超す津波を旧経営陣が予見できていたのか、そして対策を講じていれば重大事故を防げたかどうかだ。
津波対策のキーマンと目されているのが、被告人の1人である武藤栄・東電元副社長。東電のグループ企業から報告された「福島第一原発で想定される津波の高さは最大で15.7メートルになる」との計算結果について、18年10月の法廷で「唐突感があった」と発言。計算の根拠となった、政府の地震調査研究推進本部(以下、推本)による「長期評価」には「信頼性がないと考えていた」と語った。
武藤氏は「(事故を防ぐために)最善の努力をしたが、いかんともしがたかった」と述べ、「津波対策を先送りした」との見方については「たいへん心外だ」と強く否定した。
武藤氏の上司に当たり、津波対策が議論されていた当時、原子力事業部門の責任者を務めていたのが武黒一郎・東電元副社長。それまでにも電気事業連合会の専門委員会で委員長などを歴任したことがあり、原発の耐震・津波対策に深くかかわっていた。だが、福島第一原発をめぐる津波対策の議論の多くについては「記憶がない」と繰り返した。
00年、同委員会で電力各社の原発が津波に襲われたときの影響について報告された際、東電の福島第一原発は中国電力の島根1.2号機とともに最も影響を受けやすいとの結果が示されたが、「このときの会議を欠席していた」(武黒氏)という。
「責任や権限はなかった」
武藤、武黒両氏とともに強制起訴された勝俣恒久・東電元会長は、「(会長だった当時の)自分には(原発の安全対策についての)責任や決定権限がなかった」と発言。経営トップが出席して原発の地震・津波対策を話し合う会議は社内で「御前会議」と呼ばれていたが、「意思決定の場ではなかった」とした。
こうした旧経営陣の認識は、津波対策に従事した当時の担当者や元幹部のそれと大きく乖離していた。
法廷で読み上げられた元原子力設備管理部幹部の供述調書によれば、「推本による長期評価は最新の知見だと考えた」「部内では長期評価を取り入れる方針になった」という。
そのうえで同元幹部は、長期評価を取り入れることを武藤、武黒両氏に伝え、08年2月の勝俣氏らが出席した御前会議でも報告。その場で異論はなく、3月の常務会でも方針は了承された、と同元幹部は供述している。
この元幹部によれば、その後方針は大きく変更された。長期評価を取り入れた場合、福島第一の津波高は最大15.7メートルに達することが判明。対策工事が大掛かりになり、工事が終わるまでは原発を止めろと要求されかねないとの懸念が持ち上がった。
津波の高さなどの報告を受けた武藤氏は、08年7月の会議で直ちに対策を取ることをせず、「専門家にさらに検討を委ねる」ことにした。
「亡くなった方やご迷惑をかけた地域社会の皆様にたいへん申し訳なく、会長や社長を務めた者として深くお詫び申し上げる」(勝俣氏)
3人はそろって法廷でお詫びの言葉を述べたが、最後まで自身の法的責任を認めることはなかった。






















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