井上ひさし氏は、日本語ができないパルバース氏が、短期で日本語の基礎をマスターするために韓国で学習した事例を紹介する。〈日本語ができないパルバースさんはどうしたかというと、このあたりはすごいなあと感心してしまうのですが、韓国に行って日本語を勉強することにしました。韓国には、戦前のおぞましい過去もあるし、日本が経済成長をとげていたこともあって、日本語を勉強する方法論が発達していたんですね。パルバースさんはそこに気がついて、韓国の日本語学校へ行って、掃除夫として雇ってもらったのです(笑)。掃除をしながら授業を聞いて、とにかく猛烈に勉強したそうです。そして四月になって日本に戻ってきて、雇ってくれた大学へ「おはようございまーす」なんて挨拶しながら入っていった(笑)。〉(井上ひさし『日本語教室』新潮新書、2011年、178~179ページ)
この事例は、非常に興味深い。子どもが母国語を覚えるときには、環境の中で自然に言語を習得している。特に教えられることもなく、文法を身に付ける。しかし、成人になってからの外国語習得は、そのような自然な方法ではできない。文法と語彙を意図的に覚え、読む、聞く、話す、書く能力の訓練も行わなくてはならない。ここでは、母国語、これまでに習得した外国語と、これから習得する外国語の差異を意識することになる。この経験は、母国語、ならびに外国語の表現力を豊かにするのである。同じ事柄であっても、母国語と外国語では、意味領域の違いが必ずある。両者のニュアンスを極力近づけようと努力することで表現力が身に付くのだ。筆者自身の経験について述べたい。
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