
4年前に亡くなった私の父は大正生まれで、洗濯もできず、ご飯も作れない人だった。2000年に母が亡くなると、私の家族と同居して妻が世話をしていた。脳出血で突然倒れたのは06年。1人でバス停で待っているときだった。
入院したリハビリセンターのおかげで、横に人がついていれば200メートルほど歩けるようになった。だが当時、小泉純一郎政権の医療改革で、リハビリで医療保険が利くのは180日まで。泣く泣く継続をあきらめると、ろくに歩けない状態に逆戻りした。もう少しリハビリを続けられていたら、その後の暮らしもだいぶ違っていたと思う。
右脳の出血で左半身が不随になったものの、言語や思考に明確な衰えは見られなかった。だから、施設に入るぐらいなら1人で実家に帰ると言って、本当に帰ろうとする。現実問題として介護施設という選択肢はなかった。自宅に介護ベッドを置くためには、ある程度広いスペースがいる。私の弟の家にはそうした場所がなく、結果的に郊外にあるわが家で世話をすることになった。
自宅で困ったのは車いすの移動だ。廊下の幅が90センチしかないので、車いすは通れても切り返しができない。リフォームで段差をなくしたり、手すりをつけたりするのは後からできるが、廊下の幅を広げるのはとてつもなく難しい。結局、その改修はできなかった。
要介護4(介護なしでは日常生活をすることが困難な状態)にもかかわらず、本人は何でも自分でやれると思い込んでいたから、夜中に起きて1人でトイレに行こうとする。途中でひっくり返り、動けなくなることが何度もあった。そこで家中に救出用のブザーをつけ、倒れたらこのボタンを押してくれとお願いしていた。風呂も1人で入れると言って絶対に聞かない。仕方なく浴槽まで連れていったものの、しばらくすると何の音もしなくなる。様子を見に行くと、倒れて動けなくなっていた。大人1人を引きずり出すのがどれだけ大変だったか。
父は新聞記者だったせいもあり、何でも疑ってかかるし、どんな話でもウラを取ろうとする。介護サービスを使う中でもいろんなトラブルが起きた。
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