向精神薬の「大量処方」がこんなにもヤバすぎる訳 警告する医師もいるが患者への情報提供は不十分

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これまで3度の入院を繰り返した。いずれも2カ月で退院。入院期間中に薬は増やされるため、退院後に薬を減らすことは難しいと女性は話す。入退院を繰り返して薬の量も増えていったが、本人の症状が改善するわけではない。

「息子はリスパダール(統合失調症などに用いられる向精神薬)の量を増やした後に興奮しやすい。こうした症状を主治医に何度も訴えたが、『最終的に落ち着くならいいじゃないですか』と取り合ってくれない。薬の影響の受けやすさは人によって違うのではないか。そう思って、量を調整してほしいと伝えるが、薬の話になると医師に嫌がられる」

結局、一緒に暮らす女性が、退院後の息子の様子を見ながら自己判断で薬の量を調整するしかないという。患者や家族の判断に任せた減薬は危険を伴う。こうしたことを避けるには、本来ならば処方した病院が責任を持って薬を調整する必要がある。

診療報酬のインセンティブにも問題

国も精神科病院での多剤併用を問題視。入院中の投薬調整を促すため、2020年度の診療報酬改定で、精神科病棟に入院中の患者の薬を減らすなどの調整を行った場合に報酬を上乗せするしくみを新設した。

しかし、こうした診療報酬のインセンティブにも問題がある。

「この減薬は薬剤師の仕事として位置づけられているが、薬剤師と医師には力関係がある。薬剤師から医師の処方に対して指摘をすることは、現実的に難しい」(精神科病院に勤務する薬剤師)

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そのため、現状では薬を減らされないまま退院することが多いという。もう一つ大きな問題もある。「この加算を目当てにした病院が、患者へのインフォームドコンセントをおろそかにし、暴力的な減薬が行われてしまう危険性がある。急激な減薬により、患者が離脱症状に苦しむことになる」(同)。

現在、国が病院に対して医療行為の方向づけをするには、診療報酬の加算と減算で誘導するしかない。しかし、こうしたアメとムチだけで丁寧な薬の調整を促すのは限界だ。

井艸 恵美 東洋経済 記者

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いぐさ えみ / Emi Igusa

群馬県生まれ。上智大学大学院文学研究科修了。実用ムック編集などを経て、2018年に東洋経済新報社入社。『週刊東洋経済』編集部を経て2020年から調査報道部記者。

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