他方、共和党や民主党穏健派の議員たちは、財政について以前と変わらぬ認識を有している。だからこそ、インフラ法案審議は難航しているのだが、過去10年間の変化をまったく無視するのも奇妙なことではないだろうか。
思うに過去の国債に関する議論は、供給側(つまり政府)ばかりを論じてきて、需要側(家計や企業、金融機関)を見てこなかった。しかるに、誰かの貯金は必ず誰かの借金である。高齢化が進んで、より多くの人が「老後に安心できるだけの貯蓄」を求めるようになったら、誰かが借金を増やしてくれないと困るのである。
ところが特に日本の場合、民間企業はむしろ資金の出し手になっている。貸したい人が多いいっぽうで、借りてくれる人はそれほど多くない。だからこそ、借金のコストである金利は低下する。日本政府の借金は、現状ではむしろ歓迎されているとみるべきではあるまいか。
いわゆる「ワニの口」の議論についても、もう少し丁寧な見方が必要であろう。ワニの口の下あご、すなわち歳入は消費税を10%に上げた効果もあって、着実に上向きになっている。2020年度の税収が60.8兆円と、コロナ下にもかかわらず過去最高となったことには正直、驚いた。不景気になると税収が減って、その分だけ民間部門が楽になる、いわゆる財政の「ビルトイン・スタビライザー」効果があるものだが、現状はそうなっていないという点には注意が必要であろう。
問題なのは上あご、すなわち歳出のほうである。日本政府の歳出は、皆が思っているほど増え続けているわけではない。2010年代はほぼ100兆円前後で推移しているし、社会保障給付費もほぼ23兆円前後で横ばいとなっている。ところが、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災、2020年以降のコロナ感染など、予定外の財政需要が多発している。日本列島には、今後も「南海トラフ」や「首都直下型地震」の可能性が残されている。その可能性も、視野に入れておく必要があるだろう。
筆者が気になったのは、矢野論文が敢えて触れていない部分である。本気で財政に対する警鐘を鳴らしたいのであれば、日本国債の外国人保有比率が13%にまで上昇していることにも触れるべきではなかったか。「日本国債は9割以上を国内で消化しているから大丈夫」と言っていられた時代は、すでに過去のことになっている。
コロナ対応による国債の追加発行により、短期国債の比率が増えていることも不安材料である。何かのはずみで「外国人の売り逃げ」が始まった場合、国債市場で金利が急騰する可能性は否定できない。「財務次官がそこまで言うべきではないだろう」と考えたのだとしたら、そんな遠慮は不要だったと申し上げたい。
最後にこの10月、コロナが減って地方出張が急に増えた筆者が見聞きした範囲では、地方の経営者は矢野論文をおおむね好感していて、むしろ「政治家のバラマキ論議」を警戒する声が多かった。「みんながみんなバラマキに拍手喝采してなどいない、見くびってはいけない」という矢野論文の認識は、間違っていなかったと申し添えておこう(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が週末のレースの予想をするコーナーです。あらかじめご了承下さい)。
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