古いパラダイムのままではICTはイノベーティブに使えない
もっとも、3つの波はそう明確に区別できない部分もあるでしょうし、混在しえます。ただし、どちらによりウェートを置いた教育活動や教育改革なのかという点は注目していく必要があると思います。
読者の皆さんに問いたいのは、皆さんのよく知る学校(勤務校や保護者等として関わりのある学校)では、3つの波のうち、どちらがより強いでしょうか。ある先生の声を例示します。
B先生:うちの生徒はまだまだ基礎力が足りなくて、それで穴埋め式のプリントを配っているんです。授業中に端末ばかり触らせておくと、授業をまともに聞かなくなりますよ。
それぞれの言わんとしていることも理解できなくはないですが、いくつか問題もありそうです。
A先生は、第2の波のパラダイムに近いと思います。生徒、保護者の期待に応えたいという気持ちは悪いことばかりではありませんが、生徒が自律的な学習者になるという視点は弱いです。中学、高校のころから学びに向かう力を高めていくことの重要性を過小評価しています。あるいは、大学入試、高校入試という決められたレールを走るために、生徒は教師の言うことを黙って聞いていればいいんだという側面も推測され、第1の波に近い部分もあります。
B先生は、第1の波のパラダイムに近いです。生徒を受動的な存在として受け止めていて、教師の持つ(あるいは教科書にある)知識を授けるということを重視しています。
皆さんもお気づきになったかもしれませんが、A先生やB先生の下では、ICTをイノベーティブに使うということは起こりにくいでしょう。おそらく、教師が指示したときだけ、授業のごく限られたときや進学希望先を調べたりするときだけ、ICTは利用され、子どもたちの好奇心や個性を高めるものとはなりません。
3つのパラダイムを参考にしつつ、授業を見てみると、いちばんわかると思います。単にICTを使っているかや、見栄えのよい授業かどうかが大事なのではありません。教師が、そして子どもたちが学びや、授業にどのような考え方で臨んでいるのかが問われています。
(写真はすべて妹尾氏提供)
執筆:教育研究家 妹尾昌俊
制作:東洋経済education × ICT編集チーム
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