JR東海と県の対立をあおる「静岡新聞」への疑問 大井川流域で圧倒的存在感、住民への影響力大

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このような静岡県の大騒ぎをJR東海は放っておかなかった。第4回有識者会議で委員の一人が、南アルプストンネルの断層に触れたことで、大井川直下の断層をあえて説明資料に加えることにしたのだろう。

10月27日、JR東海が有識者会議に提出した「県境付近の断層帯におけるトンネルの掘り方・トンネル湧水への対応(素案)」という54ページに及ぶ資料の最後に、南アルプス断面図が掲載され、静岡新聞が記事にした大井川の直下にある断層を示し、「コメント」を赤枠で囲んだ。

JR東海は「大井川直下の断層についてはボーリング調査で幅3m程度の小規模な区間で湧水量も少なく、大量湧水の可能性は小さい」などと説明した。有識者会議はJR東海の説明に納得した。

ところが、会議後の会見で静岡新聞は異論を唱えた。再三にわたる記者の質問に、JR東海は「地質調査会社は考えられる可能性をすべて挙げた。可能性はゼロとは言えないが、可能性は小さいと判断した」などボーリング調査結果を基に詳しく説明したが、記者は不満を表明した。

大井川流域のシェアは80%

翌日の同紙朝刊は1面で、「大量湧水の可能性を否定しなかった」「JRは県の有識者会議で今回の見解を早期に説明し、議論することには難色を示した」「この個所で詳細な地質を調べるボーリング調査や地下水の分布を把握する電気探査の予定もないとした」などと伝えた。読者は有識者会議の結論ではなく、記者の異論や意見を読んだことになる。これはあまりにも危険なことである。

静岡新聞の発行部数は60万部弱であり、県内シェアは60%超だが、静岡市および大井川流域の市町に限れば、80%近くに上る。いくら新聞離れといっても、新聞への信頼度は高いから、同紙の記事を鵜呑みにしてしまうだろう。

そもそも、この日の会議テーマは中下流域の地下水への影響であり、同紙を除くすべての新聞が「中下流域への影響は極めて小さい」と報道している。同紙のみ会議テーマを伝えていない。

南アルプスは世界最大級の断層地帯とされるリニアトンネル工事の最難関地域。数多くの断層があり、地質会社の調査でそのすべてに「懸念する」「要注意」などのコメントがつけられた。科学的、工学的にすべてがわかれば最善だが、地質学者によって、見解は大きく異なる場合のほうが多い。大井川直下の断層の場合、JR東海の説明に有識者会議の見解は一致しているのだから、そのまま結論を受け入れるのが科学的、工学的な姿勢なのだろう。

静岡新聞記者は会議の結論に異議を唱え、独自の視点で記事を作ってしまった。このような歪められた報道を誘導した静岡県の責任はあまりに大きい。川勝知事は「(リニア問題で)国論を巻き起こす」と宣言したが、恣意的な報道に便乗していると、逆に世論の厳しい批判を受けるだろう。

小林 一哉 ジャーナリスト

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こばやし・かずや / Kazuya Kobayashi

1954年静岡県生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、静岡新聞社入社。2008年退社し独立。著書に『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)等。

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