国際数学オリンピック金メダリスト中島さち子氏が語る「STEAM教育の本質」 「未来を生き抜く力」はプロジェクトで習得せよ
一般論として、プロジェクトを通して、リーダーシップやフォロワーシップ、コミュニケーション能力を伸ばせるといわれるが、中島氏は「失敗」や「つまずき」のプロセスを可視化できることのメリットが何より大きいという。
「プロジェクトの面白さは、結果よりも過程にあります。ドキュメンタリー番組でもそうですが、失敗やつまずきをどのように克服したかがやはり面白いですし、伝わってくるものも多いです。見ている周囲にとっては同じ失敗を繰り返さないように役立てることもでき、それは社会の共有知にもなります。私は最近まで米ニューヨークに留学していましたが、そこでもSTEAMはドキュメンテーション(伝達するための記録)が非常に重要だと繰り返し指導されました」
PCトラブルがあったとき、インターネット検索をして同じトラブルに遭った人の解決談を参考にするのは誰しも経験したことがあるはず。それだけではない。そうやって自らの「記録」を意識的に残していけば、個人のポートフォリオにすることもできる。
「これらの記録はその人の能力や人柄を伝えることが可能ですし、実際にアメリカでは人材を判断するときの参考にする企業もあります。形式張ったレジュメを見るよりも、そこから得られる情報量が多いですから」(中島氏)
STEAM教育とセットになるジェンダーセッション
では、教員は、プロジェクト型学習の指導でどのようなことに気をつけるべきなのか。例えばアメリカでは、どのように子どもたちに接しているのか。
「ニューヨークで最も印象的だったのは、子どもと大人が対等に議論をしていたことです。子どもは違うと感じたことをストレートに口にしますし、大人である教員も議論では生徒を子ども扱いしません。もし、子どもが違和感を覚えたのに何も発言しないと、教員が『なぜ何も言わないのか。そういうときはきちんと考えを述べなさい』と指導するんです」(中島氏)
意見や発言を求めるのは、言葉遣いこそ変わるが、小学校前の保育時からだという。もはや文化といっていいだろう。何年もの積み重ねがあるからこそ、子どもが成長するにつれて「なぜそういう発言に至ったのか」「そもそもこの情報は正確だろうか」などのような、より高度な「問い」を自ら立てられるようになる。徹底して「問いを問い直す」スタンスを大切にしているのが、アメリカのSTEAM教育のスタンダードなのだという。

「さらに言えば、アメリカでは多様性を認める視点も大切にされているため、STEAM教育では必ずジェンダーに関するセッションが行われます。なぜなら、多様性が担保されなければいろいろな角度からの議論が成り立たないからです。それぞれの多様な背景やカルチャーを理解することで、お互いを許容する心が生まれますし、課題の本質を見つめることもできるようになります」(中島氏)
日本の学校ではまだ考えにくいかもしれないが、これがSTEAM先進国の現実だ。
すべての質問に答えられる必要はない
こうして海外と比較すると、どうしても日本の対応の遅れが目立つ。しかも、STEAM教育にしっかりと取り組まないと、学習到達度という目に見える指標だけでなく、「非認知能力」に差がついてしまう可能性がある。「非認知能力」とはIQや学力テストで測ることのできる「認知能力」ではない意欲や協調性、創造性、コミュニケーション能力などのこと。「非認知能力がSTEAM教育とも密接に関係しているというのは、世界的にも共通の認識と思います」(中島氏)。