イラン司令官殺害、米軍の攻撃は正当なのか 国内向けと対国連で異なる説明をするわけ

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一方、国連憲章はすべての加盟国に対し、「その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」(第2条4項)としている。

つまり、武力行使を原則として禁じているのである。ただし、国連安保理の決議がある場合や武力攻撃を受けた場合の個別自衛権や集団的自衛権の行使を例外として認めている。

スレイマニ司令官殺害という武力行使をしたアメリカは当然、国連にその理由を報告しなければならない。しかも国連に出す公式文書はトランプ大統領がアメリカ国民向けに行ったようないい加減な内容では済まない。そこで、政府内の法律専門家らが国連憲章などに沿ってきちんとした文書を作成し提出した。その結果、国連憲章を逸脱しないよう武力攻撃を受けたことに対する自衛権行使であるという理屈を展開しているのだ。

アメリカ議会の関心はトランプ弾劾へ

その後、アメリカとイラン双方が戦争回避を宣言し、軍事的緊張が和らいだことから、スレイマニ司令官殺害についてのアメリカ政府のいい加減な説明は大きな問題になっていない。

アメリカ議会の関心はもっぱらトランプ大統領の弾劾問題に移った。ヨーロッパ諸国はアメリカの説明について直接的な疑問を突き付けたり批判することはしていない。日本政府も公式には「事実関係がはっきりしないので、確定的なことは申し上げられない」というあいまいな言い方に終始している。

冒頭に書いたように、国際法には国内法を執行するための裁判所のような強制力ある組織がない。アメリカのような大国が腕力にものをいわせて無視した場合、ほかの国が対抗することは事実上不可能だ。

にもかかわらず、スレイマニ司令官殺害でトランプ政権が自らの行為を正当化するための説明でこれほど混乱しているのはなぜだろうか。一連の発言からトランプ大統領が国際法を意識している様子はまったくない。だからと言ってアメリカ政府が国際法を堂々と無視するわけにはいかない。世界中の非難を浴びてしまう事態を避けるため、少なくともアメリカ政府の担当者は国連憲章を逸脱しないよう努力したのであろう。

実際、アメリカには「前科」がある。2003年、アメリカは「イラクが大量破壊兵器を開発している」という証拠を根拠としてイラク攻撃を開始した。ところがイラクにはアメリカが言うような大量破壊兵器はなく、証拠は虚偽だったと判明した。

攻撃を指示したブッシュ大統領(当時)は後に、「開戦時の多くの情報が誤りだった」ことを認めた。アメリカに歩調を合わせて攻撃に参加したイギリスのブレア首相も「われわれが受け取った情報が間違っていたという事実を謝罪する」と語っている。

国際法を完全に逸脱した行為をとった場合、その場を取り繕うことができても、後に真実が明らかになれば為政者は責任を問われることになる。そういう意味では国際法にはそれなりの規範力があるということだろう。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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