元運転士が明かす「非常ブレーキ」の心理状態 シミュレーターでは学べないリアルな緊張感

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非常ブレーキ投入を躊躇してしまう理由の一つとしては、例えば「しょっちゅう直前横断がある踏切で特発(特殊信号発光機)がよく光る踏切だから、ただちに停止する必要はない」と運転士が考えてしまうような現場では、実際の状況を見るまではブレーキをかけられないという考えが脳裏をよぎることもある。

それに似た原因として気候状況、例えば日差しや雨で信号が見えづらく判断が遅れるパターンも考えられる。これも本来、フェールセーフの原則どおりであれば、「迷った場合は止まる」ことが安全側の行動となるから、信号の表示が正しく見えづらい場合でも停止すべきなのだが、毎日の話となるとそううまくはいかない。

これらの背後要因として、鉄道各社に根深く残る、遅延を悪とする風潮がこれらの「迷い」を起こしている。先述のような踏切の箇所で、毎日のように非常ブレーキで停止していたのでは、利用客から会社向けにクレームが上がってくるだろう。

そして、非常ブレーキで停止した運転士は列車担当終了後に運転区(管理部署)に報告するのだが、安全のための行動をしただけなのに遅れの理由を迫られるという報告の煩わしさや、ひどい場合は「遅れを防げなかったのか?」等の本末転倒な詰問を受ける場合もある。このような遅れを許さないような運転部署としての風土があれば、運転士が面倒な後処理を思うがゆえ、ブレーキの「迷い」につながることは生じるといえるだろう。

「安全」は鉄道運行の基本にあるものだが、平常運転をしていればとかくなおざりになりがちで、どうしても「定時運転」や「迅速性」に目がいってしまう。京急の遅延時におけるダイヤ回復力は定評があり、セールスポイントとなっている部分もある。もちろんこれらも鉄道における大事なサービスの1つではあるが、その土台にはいつも「安全」があることを大前提として忘れてはならない。

「減点評価」も原因の1つ

また、業界特有の評価方式もブレーキの判断に起因している可能性がある。業界内ではよくいわれることだが、運転業務では「減点方式」の評価方法にならざるをえない性質がある。つまり鉄道は日々平常運行することが当たり前なので、それを維持できて初めて合格点となる。

一般企業の営業マンにおけるノルマのように明確な数字が存在するわけではないため、ミスをしないことがゼロ地点である。大小のミスを積み重ねることでマイナス評価となる方式だ。もしこのような減点方式が悪く作用し、本来正しいはずの非常ブレーキを躊躇してしまうことがあるのなら深刻な状況だ。本来、安全のための正しい停止をした判断にこそ、加点評価がなされるべきだと考える。

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