車社会の未来にはどんな法律が必要になるか 自動運転の実現に向けた法制度上の課題とは

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以上のような問題は、自動運転中の運行主体がすべて自動運転システムとなるレベル4以上の自動運転車において、とくに深刻であろう。レベル3の自動運転車においては、自動車と人間との間での運行主体の入れ換えがスムーズにできるシステムを構築しなければ、結局人間には統制できない危険物を流通させたとして、製造者に刑事責任が生じうるという固有の問題も存在する。

こうした「過剰な処罰」の問題が生じうる一方で、「過少な処罰」の問題も生じうる可能性がある。複数の自動運転車が関与して事故が生じた場合や、自動車とインフラストラクチャーとが情報処理を分担しているシステムにおいて事故が生じた場合には、事故原因を識別・特定することが事実上不可能となりうるからである。

すなわち、そもそも刑法が働きかけるべき自由意志の所在を把握できない事態が現実に生じうるのである。この場合には、現行刑法に基づいて開発者らの責任を追及することは困難であるため、「過剰な処罰」の問題とは反対に、「過少な処罰」という問題が生じうるのである。

自動運転車と「共生」できる社会を目指して

上に述べたような問題を解決するにあたっては、2つの方向性がありうる。1つは、大幅な制度の変更である。

現行刑法の前提とする人間像は、脳神経科学や認知科学の進展により、一層その現実性が乏しくなっている。また、哲学や倫理学においても、人間の意識や意志が、技術や外的環境の影響を受けうることを前提とした、新たな人間像に基づく規範理論が提唱されつつある。

これらの成果を取り入れつつ、世界に先駆けて新たな制度を構築するのは、問題を根本的に解決できる、魅力的な方向性ではある。もっとも、大幅な制度の変更には、それ自体に大きな社会的費用がかかるうえ、わが国の現状に鑑みると、時間的にも余裕がない可能性がある。

そこで、もう1つの方向性として、自動運転車が死傷事故を起こした場合に行使される検察官の訴追裁量を、より多くの国民が納得できるような形で統制するというものが考えられる。

比較法的に見ても、広範な訴追裁量を有するアメリカ・イギリスの検察官は、その訴追裁量を統制する内部規範ないし法規範に従うこととされている。自動運転の技術者や、自動車の製造を監督する組織とも協力しつつ、検察官の訴追裁量について統制する内部規範を国が作成し、前述した費用便益計算の正統性をより高めていくことが、暫定的な解決法としては有望なものではないかと思われる。

ただし、この場合でも因果関係が肯定できないことを理由とする「過少な処罰」の問題は残りうるため、将来的に法制度ないし因果関係に関する法解釈に変更を加える必要が生じる可能性を完全に否定することはできないだろう。

本連載は、科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)による研究開発領域「人と情報のエコシステム」に協力を仰いだ。同プロジェクトの詳細は下記リンクを参照のこと。
RISTEX「人と情報のエコシステム」
稲谷 龍彦 京都大学大学院法学研究科准教授
いなたに たつひこ / Tatsuhiko Inatani

広島県福山市生まれ。東京大学文学部卒。京都大学大学院法学研究科法曹養成専攻修了(法務博士)。同年京都大学大学院法学研究科助教。2013年パリ政治学院法科大学院客員研究員、2014年シカゴ大学政治学部客員研究員。

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