ということは、「浮動票」のターゲットとは、「渋谷」「109」「アムラー」「携帯(ガラケー)」という「90年代記号」や「25周年」という事実に強く反応する層ということになる。具体的に言えば、90年代に安室奈美恵(現在40歳)を聴きながら青春時代を過ごした、30代後半から40代前半あたりの女性層と類推できる。
安易な世代論は危険だと思いつつ、現在「30代後半から40代前半」ということは、一般的な世代論では「ポスト団塊ジュニア」世代に分類される。しかし、その別名である「ロストジェネレーション」の方が、今回の文脈においてはしっくりくる。
90年代初頭にバブル経済が崩壊し、日本経済が成長の歩みを止めるのを尻目に、1998年のピークに向かって、どんどん成長していくCD市場。そのピークの前年=1997年に、シングル『CAN YOU CELEBRATE?』を大ヒットさせた安室奈美恵。
そんな安室に憧れて、厚底ブーツやバーバリーチェックのスカートなど、安室のようなファッションに身を包み、安室のCDを買い、安室の歌をカラオケボックスで歌い・踊った当時の女の子たち。
しかし、バブル景気は決して戻ってこない。「ロストジェネレーション」と言われ、安室奈美恵のようには、華やかにパフォーマンスできない現実。そして、親の世代が決して体験しなかった閉塞的な空気の中で、今日まで生きてきた。中には安室のように、結婚→出産→離婚→シングルマザーという道を歩んだ者も少なくないだろう。
”あの頃、強烈に憧れた安室が、ついに引退する……”
109のポスターを見て、「安室って、デビューしてからもう25年も経つんだ!」と驚いた後に、「私も、安室に憧れていた頃から25年も経ったんだ……」というノスタルジックな感慨が続き、『Finally』への興味につながったであろう、30代後半から40代前半の女性層――。
そんな彼女たちを「浮動票」として巻き込む、「90年代記号」活用プロモーションの成功によって、爆発的なセールスが実現したと見るのだ。
ただし、彼女たちを狙いつつも、このアルバムでは、過去の曲をそのまま収録するのではなく、今の時代に合わせて再レコーディングをしている。この点については、所属事務所の移籍などさまざまな事情もあったと思うが、個人的には、安室奈美恵のこだわりを感じて、好感が持てた。
「アンチJ-POP」的な音楽活動を貫いた「勇気」
「浮動票」の話に終止したが、膨大な「固定票」=安室奈美恵コアファンの需要が、ビッグセールスの核となっていることは間違いない。
この『Finally』3枚組の、小室哲哉の手を離れて以降の楽曲が収録されている「Disc 2」「Disc 3」を聴いて痛感するのは、「これはJ-POPの対極だ」ということだ。
「J-POP」。この便利な言葉に明快な定義はない。私なりの定義では、「90年代前半に、ロック、ニューミュージック、歌謡曲が融合し、そのそれぞれから等距離にある地点に生まれた、日本ならではのポップミュージック」ということになる。
端的に言いかえれば、「カラオケで歌って、気持ちいい楽曲」ということになる。対して、安室奈美恵の、特に「Disc 2」「Disc 3」に収録された楽曲は、正直「カラオケ映え」しない。分かりやすいメロディも少なく、歌詞に英語フレーズが多く、また複雑なリズムを多用しているので、歌うこと自体にハードルが高い。
これは「アンチJ-POP」、ひいては「洋楽」なのである。事実、小室哲哉の手を離れた2001年以降、安室奈美恵は、海外のプロデューサーや作家陣を積極的に導入し、洋楽のトレンドを真っ先に紹介するという役割を担っていた。要するに、『Finally』の「固定票」となった安室のコアファンとは、「アンチJ-POP」という、安室の独自な音楽性に強く共感している層なのである。
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