それは“敗北”から始まった。MRJが三菱重工を変える
ひょっとして、あの“敗北”が背中を押したのか。
2006年、PWR(加圧水型原子炉)の本家本元、米ウエスチングハウス(WH)が売りに出た。三菱重工業はPWRの製造・建設で最大級の実績がある。PWRの基本特許を持つWHを手中にすれば、世界で一気通貫の覇権を確立するシナリオが見えていた。が、WHは6000億円の大枚を積んだ東芝にさらわれた。
敗軍の将、三菱重工の原子力事業本部長・浦谷良美常務(当時)は言った。「どう計算されたのか。企業価値2000億円の会社に6000億円払ってペイするのか。経済合理性はどうなりますねん」。だが、三菱重工も6000億円に近いカネを準備していた、と伝えられている。
敗北後、三菱重工は同じPWRで肩を並べるフランスのアレバと提携し、東芝-WH連合への対抗軸を作り上げた。米国から大型原発2基も受注し、原子力部門の年間売り上げは10年後、3倍の6000億円へ拡大する。アレバとの中型炉、米国向け大型炉の開発にもカネはかかるが、6000億円とはケタが違う。
ならば、“浮いた”カネをどう使うか。経営陣の脳裏にくっきりと浮かび上がったのは、エネルギーと並ぶもう一つの戦略部門、航空機の「夢」の実現ではなかったか--。
「スピード」と「シェア」2つのキーワード
浮いた、と言ってももちろん、手元に余分なカネがあるわけではない。まして、航空機の開発は1回の失敗が企業を破綻に追い込むこともある。エアバスは最初の黒字を出すまで20年かかった。夢の実現のためにご容赦を、と訴えても、三菱重工の株主は納得しないだろう。
MRJ発進の絶対条件は、長期の開発リスクを吸収できるだけの、全社の収益力向上である。
4月に発表した「2008事業計画」。大宮英明社長は「目指す姿」として「俊敏で強靱なグローバルプレーヤー」を掲げた。「俊敏」は軽快なフットワークであり、「強靱」の意味するところは、シェア拡大だ。「当社はトップシェアの商品があまりない。世界経済が伸びるときは、シェアが小さくても恩恵にあずかれる。成長が止まった瞬間、しんどくなる。(狙った分野に)集中投資し、技術供与してもシェアを拡大する」。
たとえば、エネルギー部門の儲け頭の一つ、発電用ガスタービン・コンバインドサイクル(排熱利用の蒸気タービンとの組み合わせ)。現在8%の世界シェアを一気に20%に引き上げ、2位独シーメンスの背中をとらえようとしている。
ガスタービンのポイントは、いかに超高温で回転させ、高い熱効率を得るか。1500度を実現しているのは、三菱重工、米GE、シーメンスの3社だけだが、三菱重工は2~3年内に世界初の1700度のタービンを売り出すメドをつけた。
「世界初」のインパクトに加え、アライアンスも“俊敏”に形成中。インドで合弁会社を設立し、国営電力会社に入札できる体制を整える一方、シーメンスが先行するロシアでも現地企業への技術供与を決めた。
シェア拡大の決め手はもう一つ、「横串」だ。エネルギー部門の中核は原動機事業本部だが、機械・鉄構事業本部は世界トップ級のCCS(二酸化炭素の回収・貯留)、脱硫・脱硝技術を持っている。これらを結合させれば、訴求力抜群のシステム商品となる。「三菱重工の総合力が損益に反映されてこなかった。寝ていたんじゃないか、と思う。今、やっと起き始めた」(大宮社長)。
4月1日、大宮社長の初仕事=「エネルギー・環境事業統括室」の設立は、三菱重工の目覚まし時計だ。