リターン・リバーサルとは、過去に相対的に収益率が悪かった銘柄が、今後には平均よりも優れたパフォーマンスを上げる可能性が大きいことを指す言葉だが、セイラー氏が研究したのは、過去5年の相対パフォーマンスであった。リターン・リバーサルは、長短さまざまな期間に関するものが研究されており、機関投資家の資金運用の実務にも応用されてきた。筆者にとって、当初セイラー氏は、「長期リターン・リバーサル」の研究者だった(当時は、「セイラー」という名前の発音が分からなかった)。
ファイナンスという狭い枠組みを脱したセイラー氏
投資戦略としてのリターン・リバーサルは、もともと「いつでも有効」というわけではなく「場合によって有効」という程度の代物で、銘柄入れ替えの回転率が高いこともあり、これ単体で上手く行くというような運用戦略ではなかった。
「パフォーマンスの悪い銘柄にこそ投資してみよう」という逆張りのスピリットは、「よく考えて見ると一理あるけれども、心理的には抵抗感がある」戦略にチャンスの可能性があるのではないかという「合理的へそ曲がり」を目指す筆者の投資の考え方を作る上で、有力な参考になったものの一つだ。
当時、時価総額の小さな株式、アナリストの注目度が低い株式、取引が不活発な株式、など投資家から不人気になりやすい属性を持つ銘柄に投資すると、市場平均を超えるパフォーマンスが出やすい現象が「アノマリー」(市場が効率的で平均に勝てないことが「ノーマル」だとする考え方の異常事象といった意味合いだ)と呼ばれて、ファイナンスの学者と実務家が活発に研究した。
さて、その後、セイラー氏はファイナンスの分野にとどまらず広範なテーマを扱いつつ、各種の「合理的経済人モデル」では扱いきれない「アノマリー的」現象を研究して行動経済学研究の中心人物の一人になって行った。筆者は、ジャーナル・オブ・エコノミック・パースペクティブ誌に、各分野の第一線の研究者とセイラー氏が続々発表する共同論文を読むのが楽しみだった覚えがある。
この行動経済学黎明期のわくわく感のある論文群は、書籍にまとめられており、「セイラー教授の行動経済学入門」(篠原勝訳、ダイヤモンド社)として翻訳が出ている(筆者は「刊行に寄せて—すぐれた意思決定のトレーニングに」と題する前書きを書かせてもらった)。一連の研究の中には、競馬を対象にした研究も含まれているので、本欄の読者には興味深いにちがいない。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら