鉱山と鉄鋼業界の力関係が完全に逆転! 価格交渉に歴史的異変
今月9日、新日本製鉄の記者懇親会。出席した幹部たちに苦渋の表情が浮かんでいた。ある問題が、彼らの脳裏を覆っていた。
1人の幹部が言う。「今年の製品価格はひとまず落ち着いた格好だから、来年に持ち越しでいいのではないか」。「原料がこれだけ上がったのだから、再度、需要家にも理解を求めなくては」と別の幹部。
目下、国内鉄鋼各社が頭を痛める問題。それは、鉄鋼製品の値上げを再度、需要家に要請するか否かについての判断だ。大口需要家との長期契約、いわゆる「ひも付き契約」による2008年度の鋼材価格は、すでに今年5月、前期比3割超の値上げで大半の需要家と合意していた。
「暗黙の了解」崩れる 弱いところから落とす!
ところが、その後、例年にない事態が起こった。今年度の豪州産鉄鉱石の購入価格が、極めて異例な形で、決定したのだ。新価格は、前期比79・88%アップとなる1トン当たり92・5ドル(粉鉱、FOB価格)。過去最大の値上げ幅だ。
何が異例だったのか。異常な値上げ幅ではない。その価格交渉自体が通例を打ち破るものだったのだ。
鉄鋼原料の価格交渉には、長年にわたる暗黙の了解があった。それは、大手鉱山会社と大手鉄鋼メーカーとの間で最初に合意した価格に他社も横並びで追随する、「ベンチマーク方式」という商慣行だ。
今年の場合、日本の鉄鋼各社はすでに2月、ブラジル産鉄鉱石について、前年比65%増の1トン78・5ドルで資源大手ヴァーレ(ブラジル)と合意していた。例年であれば、この時点で豪州産の鉄鉱石価格も、同率アップの1トン85ドル弱で落ち着くはず。鋼材価格の3割値上げは、この前提に立っていた。
ところが、豪州の鉄鉱石生産を牛耳るBHPビリトン(豪・英)とリオ・ティント(英・豪)の2社が、ヴァーレと鉄鋼メーカーとの合意に「ノー」を突き付けた。
より値上げにこだわったのが、昨年来、BHPから買収提案を受けていたリオだ。リオは少しでも高い価格で鉄鉱石を売り付けることで、自社の企業価値を高めようとした。
そこで持ち出したのが、「ブラジル産より輸送コストが安い分、鉄鉱石価格は高くあるべき」という独自の理屈だ。「長い歴史を考えれば、当然(ベンチマークの)65%は守ってもらう」。日本鉄鋼連盟の馬田一会長(当時)をはじめ、鉄鋼業界はこの慣例破りに猛烈に反発した。
するとリオは、交渉のターゲットを中国に絞る。年度契約(4~3月)の日本と異なり、中国の鉄鋼メーカーと鉱山会社との契約は1~12月の暦年ベース。前年価格での仮契約が認められる6月末までに新価格がまとまらないと、最悪の場合、豪州から中国への供給がストップする。
弱いところを最初に落とす--。リオの戦略は、先月23日、功を奏する。6月末の仮契約切れを目前に、中国最大手の宝山鋼鉄がリオの提案をのんだのだ。ベンチマークの慣行は崩れ、結局、日本各社も今月1日にリオ、7日にBHPとの間で、宝山と同様の値上げを受け入れた。
豪州産鉄鉱石の値上げ幅が当初見込んでいた65%から80%になったことで、日本全体の原料コストは1000億円増えたことになる。新日鉄の幹部は、「リスクシナリオとしては考えていたが、その中では最も悪い水準」と、ほぞをかむ。