「おかげさまで」の根っこにある日本人の精神 ご縁の重なりが「今」をつくり、未来へ繋がる

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研修中のある日、ハワイの日系人の歴史を学べるミュージアムを見学することになりました。そのエントランスに掲げられていたのが「Okagesamade…Because of You…」でした。その時まで「おかげさまで」を英語でどう表現するか考えたこともなかった私は、年配の日系二世の指導員に「Because of you」が「おかげさまで」の英訳なのかを尋ねると、数多くある英訳のうちの一つであると教えてくれました。

その時の指導員の目は、ご自身の過去の辛い歴史を顧みるような眼差しで、少し涙ぐんでおられたのを覚えています。その光景に強烈な印象を受け、以来、ずっと「おかげさまで」という言葉が重く胸に詰まっているのです。

「おかげさまで」の意味

「おかげさま」に、漢字を当てはめると「御蔭様」となります。この「御蔭」は、元来「神仏の加護に感謝する」という意味を持ちます。つまり、「おかげさま」には「目には見えないさまざまな支えによって」という「自分の力で」という自己顕示欲を反省し、また自分を支えてくれているご縁に感謝するという精神が流れているのです。

通常、「おかげさまで」は英訳として「Because of you」(あなたのせいで)「Due to」(~のため/~の結果)「Thanks to」(おかげで/~のため)などがあります。しかし、これらは「御蔭」の真意が説明しきれていません。「Thanks to」であれば、かろうじて感謝の意味は通じますが、「御蔭」に含まれる深い世界観は十分に表現されません。おそらく、長々とさまざまな形容詞や述語を加え、文章にしなければ説明することは不可能でしょう。

しかし、私がここで伝えたいのは、このように他の言語では決して一言で説明できない「日本人の心」を形成する精神の再考です。「おかげさまで」という日本語を作り出した精神の根本とは、一体何なのでしょうか。

これは今日のようなテクノロジーや文化などなかった時代に、自然の中で生き抜いてきた日本人の独特の感性に関係していると思います。天災や自然災害の多い日本では、度重なる苦難の結果、人は自然には逆らうことはできないことを理解していたと思います。

その結果として、古来、日本では山川草木には神や精霊が宿るとして、すべてのものに対して感謝と畏怖の念を持って崇拝してきました。これがいわゆる日本のアニミズムというものです。思うように支配できない大いなる自然の力や恵みを前にし、平和な生活を願うとき、人は目には見えない力に頼らざるを得なかったのではないでしょうか。

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