「性犯罪加害者の妻」が離婚を選択しない理由 逮捕されたその日から生活は一変するが・・・

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しかし、それが紛れもない現実だとわかったとき絶望に突き落とされ、「この人を選んだ私が間違っていた」と自分を責め始める。やがて抑うつ状態となり、食欲減退、不眠に悩まされる。夫のことを人に話せないため交友関係が狭まり、外出できなくなる。リストカットなどの自傷行為が始まる場合もあり、仕事をしていれば離職を余儀なくされることも珍しくない。

家庭によっては、ここに経済的負担がのしかかる。罰金や示談金を工面しなければいけない。または逮捕によって夫が失職したら、家のローンや子どもの教育費はどうすればいいのか。そんな中で裁判への出廷を求められるのは、精神的、肉体的に大きな負担となる。

「こうして社会的に多くの責任を追及されると同時に、妻はひとりの女性として、“自分と同じ女性の心身を深く傷つける行為”をした夫への憤りにさいなまれます。この板挟み状態を、私たちは加害者家族における“ダブルバインド現象”と呼んでいます」

ダブルバインド――矛盾したふたつの命令を受け取りながらも、その矛盾を指摘できないままどちらにも応答しなければならない状態を指す。自分がまったく関与しないところで夫が起こした事件で、妻は二重にも三重にも苦しみ、しかもその苦悩を誰とも共有できない孤独な状態に陥る。

「そうした中で妻たちは夫とともにクリニックを受診し、“痴漢という性的逸脱行動の背景には性嗜好障害、つまり性依存症という病気がある”“適切な治療を受ければ、再犯防止ができる”と説明を受け、光明を見いだします。ただ、その説明は非常に慎重に行わなければいけません。病気だから罪を犯しても仕方がないということではないですし、被害者にとっては病気であろうがなかろうが傷つけられたことに変わりはありません。どんな理由があっても性犯罪は許されない。しかし、加害者家族にとっては、自分が再生するための道が少しだけ見える瞬間でもあるのです」

妻たちの「唯一の拠り所」

そうして「妻の会」に参加して、妻たちは初めて安全な場所を得る。犯罪加害者の家族会は国内にも少数だが存在する。しかし、性犯罪加害者の家族はその中でも白眼視されやすいうえに、グループセッションで身内の性の問題をオープンにするのは難しい。同じ問題を抱えた女性同士、誰に責められることなく泣ける場所につながって、妻たちはそこを唯一の拠り所として通い、また、誰にも話すことができないことを打ち明ける。

「妻である皆さんにとって、夫がしたことは片時も頭から離れない問題です。しかし、当の夫は自身の加害行為を忘れがちです。この現象を私たちは、“加害者は加害者記憶を早期に放棄する”と言います。いじめをされた側はずっとその被害を忘れないけど、した側は忘れてしまうのと似ています。そのため“夫の帰宅がちょっと遅くなる”という事態に対しても夫婦間で温度差が生じ、再犯したのではないかと気が気でない妻は、帰ってくるなり夫を責めたてる――ということがあります」

夫は夫で、自分は何もしていないのに帰宅が遅れたぐらいで疑われ、責められることに納得できず、口論になる――同クリニックではこれも夫、妻それぞれが事件をどうとらえているか考え直すためのきっかけと考え、夫の再犯防止、妻の回復に生かしていく。

「妻は家族支援グループに通ううちに、夫の問題は夫の問題であって、自分自身とは区別してよいのだと認識できるようになってきます。すると、少数ですが離婚する妻も出てきます。離婚を自分で選択できるまでに回復したということです」

痴漢行為をした夫と離婚しない、というのは、決してラクな道ではない。離婚しないというだけで、まるで加害者に加担しているように受け取られることもあるだろう。しかし、それも加害者とは別個の人格を持つ、ひとりの女性の選択として社会的に尊重されなければならない。犯罪者の係累も犯罪者と同一視するのは、あまりにも前時代的ではないだろうか。

三浦 ゆえ フリー編集&ライター

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みうら ゆえ / Yue Miura

富山県出身。複数の出版社を経て2009年フリーに。女性の性と生をテーマに編集、執筆活動を行う。『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』シリーズや『失職女子』などの編集協力を担当。著書に『セックスペディア-平成女子性欲事典-』がある。

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