トヨタ拡大路線の「優等生」 フタバはなぜ暴走したか

トヨタ拡大を支えた先兵 ワンマン小塚氏の経営

振り返ると、もともとフタバは「板金屋」を自負し、金型や治具も自ら開発していた。89年に就任した梅村雅彦元社長は「石橋をたたくほど慎重な人」(関係者)で、トヨタが欧州に進出した際にもあえて現地生産を見送ったほど。ただ地味ながら技術力は高く評価されていた。

雲行きが怪しくなり始めたのは、小塚氏がトップに就いた00年前後から。小塚氏は名城大の第二理工学部卒ながら、梅村元社長らに見いだされ、順調に出世階段を駆け上がっていった。梅村氏の後を継いだ中村功元社長が健康上の理由から1年で退いたため、小塚氏が急きょ社長に登板することになったのだ。

折しも当時は、トヨタが猛烈なスピードで、海外生産を拡張していた頃。フタバも00年12月のイギリスを皮切りに、香港、米国、中国、カナダ、チェコ、インドと、7年間で何と13もの海外工場を稼働させた。その中にはトヨタと同時進出したテキサス工場もあった。小塚氏の社長就任前まで、海外には一つしか工場がなかったが、いつの間にか拠点拡大に邁進していったのである。

工場内に混流設備を入れたのも、トヨタの積極的な車種増加・生産拡大に合わせた、という事情がある。混流設備を導入すれば一つのラインで多品種少量生産するため、どうしても量産前に精度を測る試し運転が増えてしまう。

しかし、「生産現場を増強したのに、それをまとめる管理部門の人員や�Tにはほとんど投資せずに、全体のコストを抑えていた」。フタバのある現役役員は、小塚氏の経営手法を今になってそう批判する。社外調査報告書では、伝票量が3・1倍になったものの、経理部員は2人しか増員されていなかった、とも指摘された。

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