日帰り、深夜チェックイン…新たなプランが続々、高級旅館も“禁じ手”に挑戦《特集・日本人の旅》
東京から特急電車に揺られること90分。神奈川県・湯河原駅から西へ延びる緩い上り坂をしばらく進むと、渓谷沿いに静かな温泉街が現れる。古くは多くの小説家や芸術家が常宿を構えていたことで知られる情緒豊かな湯河原温泉が、ビジネスピープル向けの「癒やしの地」として生まれ変わろうとしている。
「仕事帰りでも大丈夫。だから今夜は会社帰りに温泉へ」--。昨年10月、湯河原温泉旅館協同組合は「今夜は温泉へ帰ろう」と銘打ったプロジェクトを始めた。都心に近いという地の利を生かして、深夜までの「ミッドナイトチェックイン」を可能にするもので、宿泊客は旅館でその日の夕食をとらなくてもいい。
チェックイン後は、多くの旅館で翌日のチェックアウト時刻を通常より遅く設定しており、宿泊客が遅めの朝食をとりながらゆっくり過ごせるのが最大の売りだ。中には、そのまま夕食までとれる長時間滞在型の“逆1泊2食”プランを提供する旅館もある。
今のところ、90軒以上の旅館のうち、約40軒が参加。各旅館がネット旅行代理店「じゃらん」経由で販売するほか、専用サイトを設けて、利用者がニーズに応じて「1泊朝食付」「素泊まり」「1泊+翌日朝・夕食付」プランの中から宿を選んで予約できるようにした。
「まずは“しばり”はチェックイン時間の延長だけにして、そのほかは各旅館が自由にできるようにした。旅館ごとに事情もあるし、そのほうが参加しやすい」と同協同組合理事長で旅館「ふきや」の山本一郎社長。最大の狙いは東京界隈で働くOLなど、女性客の取り込みだ。
背景にあるのは宿泊客の減少。北は箱根、川向こうは熱海、さらに西へ進めば伊豆半島と、湯河原はもともと“温泉激戦区”にあり、競争激化もあって観光客は縮小の一途をたどっていた。湯河原町観光課の調べだと、年間観光客数はここ10年ほどで10%以上減少、特に宿泊客数は10年前に比べて3割近く落ち込んでいる。追い打ちをかけるのが不況の波だ。昨年の秋ごろからじわじわ減り始めていた宿泊客数は年明け以降激減。例年2~3月中旬は、梅林の梅の開花でにぎわうが、「今年は前年対比で宿泊客は3割ほど少ない」とある高級旅館は打ち明ける。
プロジェクトには、従業員確保や料金的な問題から二の足を踏む旅館もあったが、ほとんどが二つ返事で参加した。「これまでのやり方で稼働率が確保できるならやる必要はないが、稼働率は落ち込んでいる。こういうときだからこそ、新しいことをやってお客さんに歩み寄らないといけない」と山本社長は意気込む。