〈借金人間〉製造工場 “負債”の政治経済学 マウリツィオ・ラッツァラート著/杉村昌昭訳 ~「借金奴隷」の実像を哲学的洞察力で解明

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すると新自由主義の危機は、国家の危機である。ところが新自由主義のイデオロギーは、「資産管理は自己責任ですべし」と訴える。80年代以降、経営者たちが訴えてきた「主体性の動員」は、経済的破局のリスクを個人に負わせる倫理へと変容してきた。真の自由主義者であれば、公債の膨張を認めないはずだ。ところが現実の新自由主義は、大きな財政赤字を盾にとり、権威主義的な仕方で労働者たちを市場経済に隷属させていく。

負債は、それ自体が経済成長に不利なわけではない。だがゼロ成長の下では資本が蓄積されず、未来の富を約束できない。すると資本主義は、絶対的剰余価値を求めて、労働者を搾取するほかない。そんな過酷な現実を、借金に対する「負い目」の倫理によって正当化しようというのが現代の経済倫理ではないか。その病が深刻なのは、構造改革の模範とされるドイツの新自由主義政策が、「赤と緑」のシュレーダー連立政権によって遂行されたという事実にも現れている。左派が新自由主義化せざるを得ない状況が生まれているのである。

Maurizio Lazzarato
社会学者、哲学者。1955年イタリア生まれ。現在、パリで、非物質的労働、労働者の分裂、社会運動などについての研究を行いながら、非常勤芸能従事者(アンテルミッタン)や不安定生活者(プレカリアート)などの連携組織の活動に参加している。

作品社 2310円 232ページ

  

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