「通い控えになり、死ぬ人が出る」と医師から懸念の声も? 《チームみらい》高齢者の医療費「3割負担」提言がここまで波紋広げたワケ

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要するに、「3割負担」反対派は、低所得の高齢者などが「受診控え」で病院に行かなくなり、重症化して、最悪の場合、死人が続出する事態を懸念しているのだが、意外なことに当事者である高齢者からは肯定的な反応が少なくなかった。「財政状況を考えると、現役世代並みの負担はやむを得ない」「現役世代にばかり負担を強いるのはよくない」といった歩み寄りを示す意見である。

「病院に喋りに行く高齢者」が対立軸になる

ここで注意しなければならないのは、「サロンのように病院に行く高齢者」vs「高い社会保険料を支払わされる現役世代」というポピュリズムにおける対立軸が持ち込まれることだ。

「高齢者vs現役世代」という構図は、これまでの年金財政の問題において、「もらい過ぎている高齢者」vs「払い損の現役世代」という緊張関係が生じてきた。

そして、ポピュリズム政党は、「真の国民」vs「腐敗したエリート」という反既得権益型のポピュリズムでお馴染みの対立構造を暗に利用する傾向がある。つまり、どちらが既得権益側なのかという議論に矮小化されかねないのだ。例えば、「重荷を背負わされた真面目に働く現役世代」を「真の国民」の側に置くと、高齢者は(現役世代に負担増を強いる)「腐敗したエリート」の側に置かれるというすり替えが起こりうる。

これこそが、冷静な議論よりも、感情的な反発を起こしやすい理由の1つとなっている。現在、高齢者の医療費の多くは現役世代が払う支援金(保険料)や税金で賄われており、高齢者の自己負担が増えれば、その分、現役世代の保険料上昇を抑えられる可能性が指摘されている。しかし、この単純な発想自体が、一方を追求するともう片方が犠牲になるトレードオフの見方を強めてしまう。

実際のところ、現役世代の負担感はかなり大きい。団塊の世代が子育てに励んでいた1970年代から80年代前半にかけて、給与に占める社会保険料の自己負担割合は、現在の半分以下の水準だった。社会保障負担率(=社会保険料/国民所得)で調べると、70年度と比べて現役世代の負担率は3倍超に拡大しているという(社会保険料の伸びはどこまで許容されるのか/第一生命経済研究所/2025年4月16日)。

さらに厄介なのは、このような日々の実感を背景に「現役世代は搾取されている」「損している」「必要以上に奪われている」という被害者意識が少なからず醸成されてきたことだ。

経済学者のポール・コリアーは、現代の主要な先進国で「都市vs地方」「高学歴vs低学歴」といった分断が深まっていると主張したが、これは「世代間」においても「持てる者と持たざる者の奪い合い」に変質しつつある状況を上手く説明している(『新・資本主義論 「見捨てない社会」を取り戻すために』伊藤真訳、白水社)。

コリアーは、持続可能な社会には「互恵性」(お互い様)が必要だが、認識が一致していなければそれは成り立たないと説いた。痛み分けへの納得と言ってもよいだろう。そのため、「信頼の失墜は社会民主主義の崩壊の終着点ではない。衰退の次の段階は、信頼の失墜から、人びとが互いに協力し合う力に影響が及ぶことだ」と述べている(同上)。

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