「首にマフラーを巻いて、ビキニを着せて」…人気漫画家がSTU48メンバーを生成AIで「性的加工」して大炎上→謝罪。一体何がマズかったのか?

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そこで問題になるのが、「嫌でも言いづらかったのではないか」という可能性だ。ただ、ここで補足しておく必要があるのは、イラストに対しては、過去に工藤さんも肯定的な反応を示していた点だ。

例えば、問題となった投稿の約1週間前には、田辺氏のXを引用リポストする形で「ただの変態漫画家なわけじゃないよと、みんなに知ってもらわなきゃね」と投稿されていた。こうしたやりとりから、先述した「双方合意のうえでのやりとり」といった擁護が出るのだろう。

本当に好意的に受け止めていたのか、それとも嫌がっていたのか。その本心は本人のみぞ知る。しかしながら、ここで考えるべきは、肯定の有無ではない。「たとえ嫌だとしても、それを主張しにくい構図」にある。

ショービジネス業界での性加害問題がクローズアップされた「#MeToo」問題も、こうした“声を上げにくい構図”から話題になった。感情抜きで、冷静に判断した時に、その正当性が問われるのだ。

生成AIは自らがコントロールできる範囲の使い方を

最後の論点が「生成AIの活用」である。そもそも、AIを用いた画像の翻案は、オリジナルへの敬意に欠けていると問題視されがちだ。それは写真も同様で、炎上につながるケースは多々見られる。

とはいえ、決して生成AIを使ってはいけない、と言いたいのではない。あくまで「公の場では倫理的な使い方を意識したほうがいい」と考えるのだ。それぞれの心情まで踏み込む気はない。個人の裁量で、自らがコントロールできる範囲の使い方をすればいいだけだ。

また筆者としては、「表現の自由」も最大限保証されるべきだと考える——と言うと、「グラビア風イラストも許容するのか」と言われそうだが、ある条件さえ満たせばOKだと線引きしている。

それは「倫理的な懸念があっても、あえて公表する合理的な理由」を併記しているかだ。“合理的”がミソで、そこが満たされないと、正当性を欠くため、擁護にも無理が生じる。また、法律などの公権力が介入する前に、発信者や受信者のリテラシーやモラルによって、秩序が守られる形が望ましいとも考える。

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