完全週休2日、校務分掌を大幅削減…「子ども主体の学び」実現の両輪で必要だった"本気の働き方改革"《カリキュラムで勝負する横浜創英》の現在地
工藤氏の後に就任した本間氏にとっても危機だったのだが、それを救ったのが保護者たちのLINEのグループだったという。そこでは、「横浜創英の改革を実質的にやってきたのは本間さんだから、工藤さんがいなくなっても大丈夫だ」という声が飛び交った。それで校内の動揺は収まっていく。
生徒募集についても、横浜創英の26年度の募集が25年中に推薦でほぼ埋まってしまっていることからも、すでに動揺は鎮まっていることがわかる。
公立高校が第一志望で、いわゆる“滑り止め”の学校は「併願校」と呼ばれる。かつて併願校だった横浜創英は、工藤氏が校長になってしばらくして併願校ではなくなり、第一志望で合格すれば必ず入学する単願だけの選抜になった。それでも、同校は今も人気校である。
一般的に名門といえば、「進学校」とイコールだと解釈される傾向が強い。有名大学への合格者が多いほど高く評価されるので、学校はそのための体制を整えて、結果をアピールしたがる。
「進学実績を聞かれることもありますが、『それなりです』と答えています。進学体制について学校説明会でもふれないし、学校案内にも載せていません。重視していないからです」と、本間氏は言う。
校長になって最初の職員会議で「カリキュラムで勝負」すると本間氏は宣言したものの、それは大学合格率を上げるためのカリキュラムではない。それでも横浜創英の人気は依然として高いのだ。
以前は「大学合格者数」に人一倍こだわっていた
しかし、12年に横浜創英に異動してきたころの本間氏は、逆に大学合格者数には人一倍こだわっていた。横浜創英に移ってくる直前の本間氏は、9年間にわたって神奈川県内の公立高校を名うての進学校に育てあげている。その手法を、そのまま横浜創英に持ち込んだ。
「嫌らしいことをやっていました。希望制だった模試を全員が受ける体制にし、面談も生活指導中心だったのを進路指導中心に変えさせ、夏期講習もいい加減だったから変えさせ、公立でやった進学体制に変えようとしていました。そのときの脅し文句が『潰れるよ』でした」と、本間氏は言った。
神奈川県でも中学の卒業生はどんどん減る傾向にあり、入学希望者を集める策をとらなければ閉校に追い込まれる高校がでることが予測される中で、併願校だった横浜創英は危ないところに立たされていた。
生き残り策として進学体制を整え、有名大学への合格実績を上げることが生き残る道だと、当時の本間氏は考えていたのだ。すでに実績もあったので、自信もある。
ただ、そういうやり方に、横浜創英の教員も生徒も慣れていないこともあってなかなか本間氏が考えるような体制は整わなかった。


















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