悩んでコケて挑戦して 哲人経営者、最後の勝負(中) 小林喜光 三菱ケミカルホールディングス社長
会社は再建する気など毛頭ない、ハナからたたき売るつもりなのだ。「ふざけるな。本心では、そう思いました。俺は頑張ってるのに。立派な事業をなんでたたき売るのか」。
当時、三菱化学メディアにいた奥川隆生(現三菱樹脂常務)によれば、小林は“爆発”した。会議室に150人近い社員を集めて大演説をぶった。「独立してやる。こんなところは出ていってやろうじゃないか」。新会社の名前も決めた。ジャパン・メディア。三菱グループからも離れ、オールジャパンの会社を作ろう。
新事業計画は10項目にまとめられた。名付けて「十戒」。ユダヤに造詣の深い小林ならではだった。
「十戒」のポイントは二つ。一つは、アウトソーシングの決断だ。それまでは大半の日本企業と同様、成形から組み立てまで、すべてに自前主義を貫いていた。案の定、外部生産委託への切り替えに対して経営会議は「製造会社がモノづくりをやめてどうする」と猛反発したが、小林は意に介しない。すでにIBMがファブレス化(自社工場を持たず外部に生産委託する)を進めたのを目の当たりにしている。米国やアイルランドの海外工場は台湾CMC社、インドMBI社に売り払った。
もう一つは、DVD−Rに使われる色素の外販である。色素は「秘伝のタレ」であり、これまでは門外不出だ。小林は「売れるものは何でも売る」方針に転換した。ただし外販に先立って周到に準備した。小林自ら世界各国の標準化委員会を行脚し、「マージンが広くディスクドライブ側のコストを抑える設計ができる」長所をアピール。事実上の世界標準とする段取りを整えたのだ。
世界標準だから生産委託先も含め、色素はガンガン売れる。委託したディスクは安く仕入れ、数量世界一のブランド「バーベイタム」(90年三菱化成がコダックから買収)で売る。ロイヤルティも稼ぎ、かくてダブル、トリプルで儲かる。