JR仙石線「マンガッタンライナー」撮り続けた人生 震災乗り越えた車両引退、思い出を次代につなぐ

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武川には密かな思いがある。仙石線に3代目のマンガッタンライナーが誕生してほしい。2度にわたる撮影会と写真展は市民の気持ちを形にして伝えることでもある。

「仙石東北ラインのマンガッタンライナーは引き続き運行するので十分ではないか」と問いかけると、武川はこう答えた。「仙石東北ラインは仙石線とはルートも違うし停車駅数も仙石線より少ない。乗れない人も出てくるし、石巻に住んでいる人にとっては、喜びが半減してしまう」。仙石東北ラインのほうが観光客の利用が多いとしたら、仙石線は地域密着型の路線。石巻の人たちにとって仙石線のマンガッタンライナーは愛着が深いのだ。

武川さん 撮影中
「マンガッタンライナー」を撮影する武川さん(写真提供:武川健太)
【写真】石ノ森章太郎作品のキャラクターが描かれた仙石線の「マンガッタンライナー」。鉄道写真家の武川さんが撮り続けたさまざまな風景の中を走る列車、そして引退を前にマンガッタンライナーの思い出を語る地元の人々と列車

鉄道の枠を超え「地域の人々の後押し」に

地域のために奔走する現在の武川からは想像もつかないが、中学生のとき、人が怖くなって不登校となり、1年間の引きこもりを経験した。その後、フリースクールに通い始めた頃、武川が撮影した列車の写真を先生が見て一言。「健太、すごいね!!!」――。

先生がほめてくれたことが人生の転機となった。今、プロの視点でその写真を見ると注文を付けたい部分はいっぱいある。しかし、先生にほめられたことで、自分に自信がついた。「俺、やっぱり写真が得意なんだ。写真を仕事にする運命なんだ」。そこまで思い込んだ。

昔も今も写真を撮ることが楽しくてしょうがない。鉄道が好きだからという動機で始まった職業だが、自分が写真を撮ることが、鉄道の枠を超えて地域の方たちへの後押しになればこんなにうれしいことはない。マンガッタンライナーと人々の出会いを撮り続けることからも、きっと新しい何かが生まれると武川は信じている。(敬称略)

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大坂 直樹 東洋経済 記者

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おおさか なおき / Naoki Osaka

1963年函館生まれ埼玉育ち。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。生命保険会社の国際部やブリュッセル駐在の後、2000年東洋経済新報社入社。週刊東洋経済副編集長、会社四季報副編集長を経て東洋経済オンライン「鉄道最前線」を立ち上げ。製造業から小売業まで幅広い取材経験を基に定年退職後の現在は鉄道業界を中心に社内外の媒体で執筆。JR全線完乗。日本証券アナリスト協会検定会員。国際公認投資アナリスト。東京交通短期大学特別教養講座講師。休日は東京都観光ボランティアとしても活動。

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