授業でのAI「なんちゃって活用」が学びを浅くする危険性《"やってる感"に注意》 AIを思考のパートナーにする授業デザインとは?

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これは川柳コンテストに限らず、学習の評価も同じです。最終成果物だけでAかBか判断するのではなく、

①どのような問い(プロンプト)をAIに投げたのか
②AIの回答の「何を」「なぜ」取捨選択したのか
③どのようにファクトチェックし、修正したのか
④どのような“自分だけの価値”を加えたのか

という、思考プロセスそのものを評価すべきです。

「アリバイ作り」としてのAI活用は危険?

私が一番懸念しているのは、現状のAI活用が以下のような、限定的な個別機能の単純な利用にとどまりがちである、ということです。

・文を推敲する
・振り返りのフィードバックをもらう
・自分の考え(アイデア)を投げかける
・指示通りに画像を生成する
・単純な翻訳をさせる
・調べ学習の要約を丸投げする

しかも、そのAIを「使用するかしないか」の決定権が、学習者である子どもたちではなく、授業者(教師)にあるケースがほとんどなのです。「画像を生成する」というタスクで、AIを使うか、手書きの絵を描くかを選ぶのは、本来子どもであるべきではないでしょうか。

「振り返りのフィードバック」が欲しいとき、AIに頼るか、先生に相談するか、それも子どもが選べてよいはずです。現状の「教師が許可した範囲でのAI利用」は、AIの持つ可能性を狭めるだけでなく、子どもの「学びの自己決定権」をも阻害している可能性があります。

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