授業でのAI「なんちゃって活用」が学びを浅くする危険性《"やってる感"に注意》 AIを思考のパートナーにする授業デザインとは?
なぜなら、子どもたちはすでに日常的に使っているからです。
実際、私が1学期に社会科の研究授業を参観した際、ある子どもが用語の意味を検索していました。検索結果のトップには「AIによる概要」が表示され、その児童は深く考えることなく、それをそのまま学習シートに書き写していたのです。
AIを使うと「思考力が育たない」は本当か?
この原稿を執筆している最中にも、「AIによる作句の見分けが困難」という理由で、ある著名な川柳コンテストが終了するというニュースが飛び込んできました。AIを使うか使わないかで、本当に評価を変えるべきでしょうか。
例えば社会科の課題が「〇〇時代の特徴を調べてまとめよう」といった“知識の再生”を求めるだけのものであれば、子どもがAI概要をコピペするのは当然です。AIにとって最も得意な作業だからです。
この場合、AIを使った児童の評価を下げるべきでしょうか。私はそうは思いません。責められるべきは、AIで一瞬に答えが出てしまう課題(=思考のショートカットを誘発する課題)を設定した授業デザインの側です。
例えば、「〇〇時代の特徴と、それがこの町に与えている影響を考察せよ」という問いは、AIが解けないわけではありません。しかし、「子どもが資料館で実際に見たこと」「統計データから得た事実」「地域の人から聞いた話」と、AIの回答を比較・吟味・統合する思考プロセスこそが、深い学びを実現する、AIの答えを「出発点」にする学びです。
AIを使うと「思考力が育たない」という声もありますが、「思考力」の定義は曖昧なまま語られることが多いです。もし思考力を、暗記・再生・公式の適用のような再生的な活動に限定してしまえば、AIの方が優れており、“置き換えられる”ように見えてしまい、思考力が育たないという声には納得です。



















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