有料会員限定

中・東欧のスラブ諸民族には、ドイツとロシアの2つの脅威があった/佐藤優の情報術119

✎ 1〜 ✎ 508 ✎ 509 ✎ 510 ✎ 511
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

有料会員限定記事の印刷ページの表示は、有料会員登録が必要です。

はこちら

はこちら

縮小

コメンスキー福音主義神学大学のミラン・オポチェンスキー教授が言うとおり、ロシア人はオーケストラの構成員のように各人が立場に縛られているとき、全体としての自由を感じる。チェコ人はどうなのだろうか。

チェコ人の自由観

──ミラン、チェコ人はロシア人同様の「ソボールノスチ」(全体性)のような自由観を持っているのだろうか。

佐藤優氏によるコラム。ビジネスパーソンに真の教養をお届け。【土曜日更新】

「いや、そのような自由観ではない。ただし、フランスや米国のような、アトム(原子)的な個体を基礎とする個人主義的な自由観でもない。チェコ人においては、自らの村や地方、教会というような共同体が自由の基本単位だ。ロシア人よりはるかに個体の自由を重視するが、家族や共同体に依存するところも大きい。ロシア人は、自らをロシア帝国なりソヴィエト帝国なりと一体化し、国のために命を捨てるという気構えになることが容易にできる。チェコ人にも愛国心はあるが、国のために命を差し出さなくてはならないという気構えにはならない。チェコスロバキアという国家ができてから70年しか経っていないので、チェコ人もスロバキア人もまだ自前の国家に慣れていないのかもしれない」

──フロマートカもそうだったか。

「フロマートカは違った。たとえ人造国家であっても、国民はチェコスロバキア国家に最高の価値を認めるべきだと考えた。その思いは、ナチス・ドイツによってチェコスロバキア国家が解体されて一層強まった。国家を失った国民がいかに惨めであるかを、亡命生活を通じて痛感したからだと思う」

次ページはこちら
関連記事
トピックボードAD