「不就学ゼロ」「全日制高校への進学率向上」を目指す理由

「ものづくりのまち」として知られる愛知県西尾市。自動車関連産業から抹茶を製造する地場産業まで多数のメーカーが集まっている。こうした背景から外国籍の住民が多く、2025年3月1日時点で市内人口に占める割合は約7.2%※1。同時点での日本の総人口における外国人の割合は約2.9%※2なので、全国と比較してもその比率の高さは突出している。

必然的に市内の小・中学校に通う外国籍の児童・生徒も全国と比べると多い。西尾市の統計によると、2025年5月1日時点で小学生の約6.6%、中学生の約4.6%を占めている。1クラス40人とすれば、各クラスに1~2人は外国籍の児童・生徒が在籍している計算だ。ちなみに、2023年の全国の公立小・中学校に在籍する外国人児童生徒数の割合は約1.3%※3である。

西尾市教育委員会 学校教育課 日本語教育担当の朝倉大氏は、次のように話す。

「以前、西尾市に住む外国籍の児童・生徒には学習や生活の面でいくつか課題がありました。まず、日本語力が足りないために授業を十分には理解ができず、コミュニケーションがスムーズに取れない児童・生徒がいました。また文化や生活習慣の違いもあり、適応できずに孤立してしまうことが少なくありませんでした。母国では好成績だったのに、日本語が理解できなくて成績を落とし、メンタル不調に陥って不登校になったり、引きこもりになったりというケースもありました」(朝倉氏)

朝倉 大(あさくら・だい)
西尾市教育委員会 学校教育課 日本語教育担当
(写真:本人提供)

そうなると、どうしても進路に影響が出てしまう。高校、とりわけ全日制高校への進学率は低かった。また、外国籍の子どもは日本の義務教育の対象ではないことから、小中学校の段階で不就学というケースも少なくなかった。

「国籍に関係なく、児童・生徒が自ら可能性を広げ、自分らしく生きていけるよう支援することが必要だと考えています。市教育委員会では、『不就学ゼロ』と『希望する全日制高校への進学率の向上』を目指し、学校・地域・家庭・関係機関が協力して多文化共生教育の取り組みを進めています」(朝倉氏)

※1 西尾市の統計によると、西尾市の人口は、2025年3月1日時点で16万9362人。うち外国人は1万2283人
※2 総務省統計局の統計によると、日本の人口は2025年3月1日時点で1億2342万人。うち外国人は356万5000人
※3 文部科学省「学校基本統計」より

在籍校・学内・学外の教室が連携して子どもたちを支援

西尾市が取り組む多文化共生教育の基盤となっているのは、2つの「教室」だ。1つは、学校内で支援をするプレクラスの「日本語初期指導教室カラフル」。もう1つは、学校外で就学前児童から高校生(5~18歳)を対象に、幅広く就学・進学・学習支援を行う「多文化ルームKIBOU(きぼう)」である。

日本語初期指導教室カラフルは、市内の2つの小学校に設置されており、市内の小・中学校に在籍する児童・生徒のうち、日本語や日本の学校生活に慣れていない子どもに、学校での基本的な生活習慣や日本語指導、教科学習の導入などを行う。期間は原則3カ月でカラフルでの出席日数が在籍校の出席日数として扱われる。期間内、週1日は在籍校に、週4日カラフルに通うそうだ。

子どもたちに読み聞かせをする様子
(写真:菊池氏提供)

室長の菊池寛子氏は、次のように話す。

「日本特有の学校文化を伝えることを大切にしています。例えば『登校時に靴を履き替えて靴箱に入れる』『掃除は児童・生徒が行う』といったことです。それを知らなくて、ほかの子どもたちに注意されたことを悪口と受け取ってしまい、トラブルに発展することもあるからです」(菊池氏)

菊池 寛子(きくち・ひろこ)
日本語初期指導教室カラフル 室長
(写真:本人提供)

ただ言葉や生活習慣の違いを教えるだけでなく、個々に寄り添う支援をしているのも特徴だ。

「国籍に関係なく、学習が楽しいと思う子もいれば、そうではない子もいます。この子はどこが面白いと感じるのか、どこにスイッチがあるのかを探し続けています」(菊池氏)

そのために欠かさないのが、保護者との緊密なコミュニケーション。最初の面談ではそれまでの生育歴や、母国で学校に通っていたときの状況など、時間をかけて丁寧なヒアリングを行う。保護者が送迎している場合は、朝と帰りの2回、必ず話をしているのだという。

左/低学年の算数のクラス  右/掃除など、学校の生活習慣も伝えている
(写真:菊池氏提供)

3カ月間とはいえ、保護者は毎日のように先生らと言葉を交わすため、安心感は大きいだろう。教室がSNSを活用して、授業の様子や連絡事項をこまめに配信しているのも、保護者と一緒に見守るスタンスがあるからだ。

日本語初期指導教室カラフルの取り組みは市内の小中学校にも広がっている。現在、20名を数える日本語教育指導支援員(ポルトガル語、スペイン語、ベトナム語、フィリピン語、中国語、インドネシア語、英語に対応)と室長の菊池氏は、常時市内の小中学校を巡回。学校の日本語教室や国際教室の担当教員などと緊密に連携し、「初期指導」にとどまらない中長期的な支援につなげている。

母語教室や大人の日本語教室も実施

多文化ルームKIBOUも、日本語指導にとどまらない包括的な支援を行っている。多文化共生教育コーディネーターの川上貴美恵氏は、次のように説明する。

川上 貴美恵(かわかみ・きみえ)
多文化ルームKIBOU(きぼう) 多文化共生教育コーディネーター
(写真:本人提供)

「日本語の日常会話ができるようになっても、授業の理解や学校での活動についていけるとは限りません。学校の教材は、いろいろな行事など日本の文化を基盤としてつくられているので、イメージが追いつかないものも多いからです。

かといって、日々の仕事に懸命な保護者の方々には、そうしたギャップを埋めるのが難しい場合がありますので、季節の行事や遠足など、日本の学校に近い体験をしてもらえるようにしています」(川上氏)

日本語指導も、教科書に合わせた教材を独自に作るなど、学校での学びにつながるよう工夫。中学生以上に対しては受験対策のクラスや、16~18歳を対象に「ゆっくりじっくり日本語を学びながら進学や就労を目指すクラス」も用意している。

多文化ルームKIBOUで学習をする子どもたち
(写真:川上氏提供)

さらに特徴的なのは、日本語指導だけでなく「母語クラス」(ポルトガル語・中国語・ベトナム語・スペイン語)を実施していることだ。「実は、保護者からの要望を受けて始めました」と川上氏は明かす。

「保護者の方々は、早く日本語を覚えて日本の学校に慣れてほしいと考えています。しかし、日本語を習得するようになると、だんだん母語を失う不安を感じるようになります。例えば家に伝言メモを置くのでも、日本語が書けない保護者に対し、子どもは日本語しか読めないといったことが起こります。

子どもに大切なことを言い聞かせようとして母語を用いても、通じないケースもあります。『せめて、母国で暮らしている親類と話せるようになってほしい』『ちょっとしたメモ程度の読み書きはできてほしい』といった声が多かったので、簡単な読み書きや母文化を学べるようにしました」(川上氏)

思春期を迎えると、家族間のコミュニケーションの問題に加え、「自分は何者なのか」というアイデンティティの揺らぎも顕在化してくる。だからこそ、川上氏は「ご家族全体を支えることが重要」と考え、母語クラスだけでなく保護者を対象とした日本語クラスを開催したり、地域のボランティア団体などインフォーマルな支援につなげたりもしている。

保護者も交えて、給食当番など日本の学校文化を伝えている
(写真:川上氏提供)

「子どもたちには、自分らしく自信を持って大きくなっていく権利があります。そのためにも、ご家族への支援を含め、多面的に支えていくことが大切だと思っています。学校外での取り組みなので、必要に応じてすぐ形にできるのが多文化ルームKIBOUの強み。その柔軟さを今後も生かしていきたいと思っています」(川上氏)

子どものうちに、個々の「生きる力」を伸ばしたい

学校内と学校外できめ細かい支援を展開している西尾市。それだけに浮かび上がってくる課題の解像度も上がっている。日本語初期指導教室カラフルの菊池氏は「考える力が伸ばしきれていないと感じる」と話す。

「外国ルーツの子どもたちとの会話は、日本の子どもたちとあまり変わりません。でも、進学や就職などの進路を見ていると、その子らしい生きる道を選べているのだろうかと思うことがあります」

川上氏もこう指摘する。「親御さんが忙しく働いているので、地域の行事などで社会とつながるタイミングがあまり持てないという場合も多いです。高校を卒業した後でどうなりたいのかピンと来ないのは、大学に進学して働いて……と身近にモデルになる人が少ないからかもしれません」。

こうした状況をふまえ、「ロールモデル」を提示する機会も積極的に設けているという。例えば中学校で外国にルーツを持つ親子のための進路説明会を開催し、高校生や社会人の先輩に体験談を話してもらうといった具合だ。

「外国ルーツの児童生徒に対してだけでなく、先生向けにも話をしてもらっています。毎年夏の研修で、かつて小学生・中学生だったとき『こんなことに困った』『こうしてもらえて助かった』という体験を伝えてもらうことで、現場での対応によい影響をもたらしているのではないかと感じています」(菊池氏)

家族や親類といった横のつながりに加え、ロールモデルとなる先輩との縦のつながりを作ることが、教員への良質なフィードバックになっているというわけだ。こうしたつながりを多文化ルームKIBOUなどを通じて地域に広げていきたいと西尾市教育委員会の朝倉氏は続ける。

「日本語教室などを担当する先生方だけでなく、学校全体、そして地域全体へ理解を広げていくことが大切だと思っています。一人ひとりが豊かに生きていけるように、日本語指導だけにとどまらず、人間形成という大きな視野に立った支援を展開していきたいと思います」(朝倉氏)

「多文化共生」は決して簡単なことではない。しかし、15年以上にわたって西尾市で外国ルーツの子どもたちを支援してきた川上氏は「多文化共生は必須」と力を込める。

「『みんなで仲良くしよう』といったきれいごとのレベルではなく、同じ地域の中に住み、仕事をして学んで、ともに年齢を重ねていくわけです。一人ひとりが生きる力、いろいろな困難を乗り越えていく力を子どものうちから身につけることが必要ですので、地域ぐるみで連携して子どもたちを支え、社会に送り出し続けたいと思います」(川上氏)

さまざまな課題と向き合い、地域ぐるみで外国ルーツの子どもたちの未来を支えている西尾市。多文化共生社会のあり方を考えるうえで、重要なヒントを示しているといえそうだ。

(文:高橋秀和、注記のない写真:川上氏提供)